去る日曜日。名古屋へ買い物に出た。 駅前にある書店で前から気になっていた写真集を買った…… 「工場萌え」 重厚長大産業の大きな工場の、煙突やらガスタンク、配管といったものを、「美しい」と称える写真集だ。 実際に、なまめかしく美しい。 正確にはこれらは建築物ではなく、美観やデザイン性を意識して作るものでない。ひたすら強度と機能性とメンテナンス性とを追求した結果として、 直線と円弧とを絶妙に組み合わせている。 そこに、太陽光による自らの陰が加わると、複雑な幾何模様が浮かび上がる。
そこに作為はなく、衒いもない。 かといって、民芸品の鑑賞にありがちな「見立て」もない。 民芸運動ですら達することのできなかった純粋な「用の美」をそこに映し出している。
午後6時。名古屋駅。 空に闇は広がっていても、大きなナトリウム灯がそこここを照らす、 夕暮れ時程度に十分な明るさのある空間に、これまたヘッドランプを点けてタクシーやバスが走る。 歩道で20人くらいがケイタイを取り出し、画像を撮ろうとしている。
駅ビルのイルミネーションを撮ろうとしているのだ。 街灯の明るさに負けないように、ということなのだろう、すさまじい数の(おそらく)LEDを並べ立て20m四方くらいの絵を浮かび上がらせている。 このようなものは、闇夜にあるからこそ映えるもの。 もっというなら、本物の星空に勝てるワケがない。
まさに、「何の役に立っているのだろう」
キレイ〜と騒ぐ人々を背に、背中越しでつぶやいてみようか。 「要らないものは、要らないゆえに、醜い…」と。 テーマ:環境・資源・エネルギー - ジャンル:政治・経済
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