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ほしあかりをさがせ
山登り・サイクリング・星見・石仏探し 本命は何なのか、出たとこ勝負で行ってみましょう
プロフィール

デルタ

Author:デルタ
四十才代、三重北勢在住の技術者です。ちょっとだけ営業マンもしてました。
ネット上では、磨崖仏の研究家としてごく一部の人から認知されてる(らしい)。磨崖仏・星見・歴史小説創作については、本館のHPを見て下され。

他の任務:東洋的リバアタリアニズムの確立。
       日本まんなか共和国 勝手に観光大使

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ポジャギ(あるいは、Remixの可能性)
久しぶりに、自称「じゃーなりすと」らしく足で稼いだ記事を。

ポジャギという朝鮮の民芸があります。ちょっと民芸という表現がいいのか、正確にはわからないですが、民芸的な手芸といえばいいでしょうか。
端ギレ、あるいは着古した服から切り取った古布を縫い合わせて、風呂敷に似た用途の道具として用いるものです。
その技法の三重県で教室を開いて広めている先生がおられるそうで
今週の土曜日18日まで、作品展を開いているとのこと。

=====
「暮らしの中のポジャギ展」
◆日時:7月7日(火)~18日(土)9:00~ 18:00
 (最終日は17:00までの開催となります)
◆会場:松尾表具店・ギャラリースペース
◆住所:三重県津市一志町田尻70-4(近鉄大阪線 川合高岡駅 徒歩3分)

http://happytown.orahoo.com/matsuo-hyougu/
=====

三重県津市の一志町……といっても、津駅からは近鉄名古屋線から大阪線へ乗り継ぎ30分くらいかかる川合高岡駅の駅前。私もまったく勝手がわからない土地でしたが、駅にほど近いところなので、迷わず着けました。

ひとくちでポジャギといいましても、用途にあわせていろいろとあるようで、
 ・ちゃぶ台(?)に掛けておくためのもの(Sangbo:50cm角くらいでしょうか)
 ・衣服を包むためのもの(Totbo:かなり大きめ)
 ・布団を入れるもの(Ibulbo:厚めの布を合わせて使う、そりゃそうだわな、重量に耐えられない)
その他、小物入れ的な40cm角くらいのもので四方に帯状の布を取り付けたものがあります
これらのうち、Sangboと小物入れ的なもの、あと10cm角くらいの小さな作品を8点ほど展示されてました。
[READ MORE...]

テーマ:三重 - ジャンル:地域情報

続・無過失責任主義
去年9月、福島の大野病院事件を受け、私が考えたように、
人の命がかかった事件については、できるだけ無過失責任主義に徹しよう、という検察の方針ができつつあるのだろう。

JR西日本の尼崎事故で、Jrの幹部から起訴される人が出た。
現社長で、当時の安全委員会の成員だった人だ。
彼、山崎社長(辞任されたけれど)は、安全マニュアルの積極的な整備などで、情状酌量されるだろうし、
そもそも、刑事責任を問えるかもかなりあやしそうだ。

原因究明に当たった国土交通省航空・鉄道事故調査委員会(当時)の元幹部に取材した、時事通信の記事では、
「関与を裏付ける新しい証拠でも出たのだろうか。われわれの報告書からは導き出せない予想外の結論だ」
と調査に当たった幹部が話しているという。

社長起訴「予想外の結論」=元事故調幹部らに驚き-福知山脱線 7月8日19時23分配信 時事通信)

しかし、予見可能だったかどうか検察だけで判断を下すよりは、
裁判所の判断を仰ぐ、
そのために、起訴するということを、私は支持したい。

過失責任主義に慣れたわたしたちには、非常に酷に思える。

けれど、人の命が重い意味を持つようになった今の世の中で、やはり「ナアナア」では許されない。
所有権 云々というものの、やはり命に勝る「所有物」は、我々にはない。

大野病院事件のときの私の記事-> リバタリアンの大きな関門(その1)無過失責任主義


テーマ:時事 - ジャンル:政治・経済

「商人がつくる平和」
新疆ウイグル自治区での暴動のニュースを読んで、こんな時間まで起きてしまっている。

お前は、このような人権侵害(迫害)を前にして、そんなつまらないことしか言えないのか、とお叱りを受けるとしても、あえて書きたい。

この種の暴動が起きるたび、なぜかかならず壊されるものがふたつある。
Taxiやバスなどの車両と
商店だ。

今回も、当局発表で、ウルムチのみで203の店舗が破壊されたという。

中国 新疆暴動140人死亡 警官隊と衝突、数百人拘束
7月6日23時37分配信 毎日新聞

商人はそんなに憎いのか
Taxiやバスといった移動手段がそんなに憎いのか
では、なぜ「彼ら」にとって憎いのか?と考えたとき、
ふと思い当たることがあった。

この両者は、実は「武力闘争」にとって、邪魔になる存在
なぜなら「交流」のための手段だからだ。
「交流」は武力闘争を行ううえで、足手まといでしかない。
商人のように、
だれに向かっても愛想笑いし揉み手していて、
すべてのお客さんの利益に奉仕する人間は、やはり邪魔ということか?

戦争の対義語は平和でない、「通商」だ
という仮説が、経済史の学者さんから提出されたことがある(西洋の人です、お名前を忘れました)。
今この説の含意を痛切に感じる。

商人を大切にできない社会は、暴力肯定と表裏一体にある。

私は、商人とTaxi運転手とバス運転手とを守るために戦いたい。

テーマ:中国問題 - ジャンル:政治・経済