ほしあかりをさがせ
山登り・サイクリング・星見・石仏探し 本命は何なのか、出たとこ勝負で行ってみましょう
プロフィール

Author:デルタ
四十才代、三重北勢在住の技術者です。ちょっとだけ営業マンもしてました。
ネット上では、磨崖仏の研究家としてごく一部の人から認知されてる(らしい)。磨崖仏・星見・歴史小説創作については、本館のHPを見て下され。

他の任務:東洋的リバアタリアニズムの確立。
       日本まんなか共和国 勝手に観光大使

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Nationalなるものは
先週末起きた、ノルウェーでの、政治的な大量殺人事件からの雑感を記す。
私は、現時点でこれをテロと呼ぶべきか迷っている。

テロというのは、主義主張を直接的に達するために、殺戮行為をすることをいう。
しかし、今回のばあい、イスラムの人々を排するという主義主張を達するために、現政権政党を攻撃した。
間接的……どうしてこういう間接的なことをするのだろうか。

ノルウェーにおける、国民(Nation)とは何なのか、守るべきものとは何なのか。
今度の行為をした彼には、たくさん言い分があったようだ。
しかし、ノルウェー人の成り立ち……たとえばスウェーデン人との違い、スコットランド人との違い、……と、真実の姿を探すうち、1000ページを要するような、そして結局何が本質なのかを要約できないような乱雑な自画像になる。このようにして、わけがわからなくなって、
「しきしまの大和心を人問はば 朝日に匂ふ山桜花」
などと、本人すら正体不明な概念として、Nationalを描くことしかできない、というのが、真実だろう。

そう、
Nationalは実在ではないし、幻想でもない。「正体不明な概念」なのだ。正体不明である以上は、時が移ろうにつれて定義も変わる、切り口を変えるだけで範囲も変わる。そして、すべてがもっともらしく見える……。


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テーマ:時事 - ジャンル:政治・経済

夏が来れば思い出す……
名曲「夏の思い出」をおもいだしながら、気楽に読んでもらえたら幸い。
そやかて、「君が代」を話題にする、なんて、リバタリアンを自称する私でさえ気が重いのだから……。

ちょっと思い立ち、国旗国歌法ができた過程をちょっと調べたら、
当時の国会審議で、作曲家の中田喜直先生が参考人として意見陳述しているのを見つけた。
中田喜直さんって、冒頭の夏の思い出を作曲した人。
そして、山田耕筰から連綿と続く、旋律と歌詞との調和に、意を砕いた人でもある。

偶然だけど、私の母(ママさんコーラスをやっている)が、大会のレセプションだったかで、最晩年の中田先生を見かけ、交渉の結果、彼のピアノで「夏の思い出」をみんなで歌ったんだ、とえらい感激していたのを思い出す。

さてと、彼の意見陳述なんですが‥‥

第145回国会 内閣委員会 第12号
平成十一年七月十六日(金曜日)
の議事録から

>一番問題は、歌曲、国歌というのは歌ですから、歌というのは歌詞とメロディーが合っていないといけないんですね。
ときりだし、歌詞を曲があっていないために、なんだか間延びしている、と指摘したうえで、たぶん誰もこんなこと言わないだろうな、という方向へ話が進展する。

大意を要約すると
 ・メロディーには問題もないし(むしろ日本的でさえある)、国民になじんでいるから、メロディ-を変える必要がない。
 ・しかし曲として詞とメロディーとの調和を取る必要がある。
 ・よってこのメロディーだけをとりあえず国歌として決めて、それに調和する歌詞を公募してはどうか?

こんなことを、当時いう人がいたんだ、とちょっとびっくり、
たぶん新聞などでは報道されてませんでしたよね。

中田喜直さんが亡くなられて、10年。
こんな記事を偶然見つけたのも、何かの縁。
合掌……。

テーマ:國旗國歌問題 - ジャンル:政治・経済

巨大産業って?
昨日、大阪に本拠のある会社が相次いで重要な発表をした。

<関電>業績予想取り下げ 原発の再開時期見通せず
毎日新聞 7月28日(木)20時25分配信

三洋電機の白物家電売却=中国ハイアールに―パナソニック
時事通信 7月28日(木)5時54分配信

原発といい白物家電といい、1970年代初頭から延々と続く巨大産業。
生活をある巨大な枠に画一化する巨大装置だった。
水道みたいなもの、と譬えればいいかな?
どこにいっても、同じ品質の生活を保障できる装置……。

が、今は、少なくとも日本では、家庭の在り方も多様化したし、産業にしても多様化した。
電気にしても、求められる安定度が、工場・産業ごとに異なってきている(バックアップ電源がどれだけあるか、電圧低下がどの程度許されるか等々)

とすると、画一化によるコストメリットが、今後見込めない。
停滞はともなうが、こういう構造や「画一化のための設備」を整理する時期が、今や来ている。


テーマ:経営 - ジャンル:政治・経済



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