ほしあかりをさがせ
山登り・サイクリング・星見・石仏探し 本命は何なのか、出たとこ勝負で行ってみましょう
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デルタ

Author:デルタ
四十才代、三重北勢在住の技術者です。ちょっとだけ営業マンもしてました。
ネット上では、磨崖仏の研究家としてごく一部の人から認知されてる(らしい)。磨崖仏・星見・歴史小説創作については、本館のHPを見て下され。

他の任務:東洋的リバアタリアニズムの確立。
       日本まんなか共和国 勝手に観光大使

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さいたさいた
桂米朝師匠の名著「落語と私」でも述べられているように、
落語を文字に落としても、ニュアンスが伝わらず、ネタによっては全然意味合いが変わってくることがある。

顔をしかめながら「ありがたいことに‥‥」といったら、皮肉を言っているのが丸わかりだけど、
これを文字に起こしたら、ありがたがっているようにしか見えない。

書き言葉には、この種の限界がある。
まして、文脈が読み取れない単文の場合、文字通りに受け入れるしかないし、
より注意深い読み手に巡り合ったら、逆に、文字以外の情報‥‥活字のフォントや背景の色などから、ニュアンスを探ろうとすることになる。

その問題が如実に出た事件が起きた。

「さいたさいたセシウムがさいた」と題した講演のちらしが、回収される事態が起きたのだ。

産経新聞の記事には、そのちらしの写真も添えて載っている。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120308-00000115-san-soci

察するに、この詩人氏は、題名の詩句を、マイナーコードの声音で語ろうとしたことだろう。
その意図は、察するに余りある。

だが
文字の字面だけだと、待ち望んでいた春が来てセシウムの花が咲いた、と喜んでいるように、見えてしまうのも無理ない。
まして、桜色に色付けしたレタリングでポスターに書かれていると、
まさに、セシウムを春の花に見立てて喜んでいるように、行間を読んでしまう。

しかし、この文字が黒枠や薄墨色で書かれていたら、どうだろう?
‥‥私のいわんとすることが、わかっていただけるかと思う。

文字の文は怖い。
文字だけでメッセージを伝える際に、行間をどのように読ませるか、
ほんとうに深い問題と、私はこのニュースを読んで思った。
けどさ、たった30件の抗議電話をうけて、撤回するものかねぇ。
丁寧に説明すれば、納得してもらえそうな内容だけど。
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テーマ:詩・ポエム - ジャンル:小説・文学

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