ほしあかりをさがせ
山登り・サイクリング・星見・石仏探し 本命は何なのか、出たとこ勝負で行ってみましょう
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デルタ

Author:デルタ
四十才代、三重北勢在住の技術者です。ちょっとだけ営業マンもしてました。
ネット上では、磨崖仏の研究家としてごく一部の人から認知されてる(らしい)。磨崖仏・星見・歴史小説創作については、本館のHPを見て下され。

他の任務:東洋的リバアタリアニズムの確立。
       日本まんなか共和国 勝手に観光大使

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琵琶湖のほとりで育って(その1)
今でも、両親にいえずにいることが一つある。

私が、就職してはじめて関東に移住したそのときのこと、もう20年前になる、ずいぶん昔のことだ。
そのとき、私は、両親の死に目に会えないかもしれない、と覚悟して、玄関を出たことを。
理由は、地震と原発事故のことだった。

当時、関西圏で一番直下型地震の可能性が高いとされていたのは、花折断層だった。
この断層(実際には、複数の断層の束として形容すべきだろうけど)は、福井の敦賀半島あたりから、滋賀の大津市の北西まで伸びているもので、
動いたらM7クラスの地震になると予測されている。

その北端が敦賀原発のあたり、南端が私の実家から10kmと離れていない。


後に(1995年ごろ)、京大の地震研でポスドクの研究者だった天文同好会での先輩から教えてもらったことだけど、阪神淡路の震災が起きる寸前まで、京大の地震研は、花折断層の変動に注目し、
阪神淡路の地震の兆候だったはずのものまで、花折断層に結びつけていたのだという……。
じっさい、その程度に、切羽詰まった断層であるのには違いないのだけど、
実際には、その地震はまだ起きず、滋賀県の湖西地方は死の町にならずに済んでいる。

ごく私的なことだけど、私が25年近く前から反原発の運動にかかわっている原点の一つだ。

……こんな私を、みなさんはセルフィッシュと非難するだろうか……。
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テーマ:脱原発 - ジャンル:政治・経済

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