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ほしあかりをさがせ
山登り・サイクリング・星見・石仏探し 本命は何なのか、出たとこ勝負で行ってみましょう
プロフィール

デルタ

Author:デルタ
四十才代、三重北勢在住の技術者です。ちょっとだけ営業マンもしてました。
ネット上では、磨崖仏の研究家としてごく一部の人から認知されてる(らしい)。磨崖仏・星見・歴史小説創作については、本館のHPを見て下され。

他の任務:東洋的リバアタリアニズムの確立。
       日本まんなか共和国 勝手に観光大使

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北九州をうろうろ……
朝から好天。
下関から、いちど毛利の分家の城下町長府に一度寄ったのち、北九州市内を走った。
泊まったYHの食堂からは関門橋が正面に見える。
このあたりは壇ノ浦。源平合戦でも有名だし、ずっと時代を下って、幕末の長州征伐の主戦場……高杉晋作が指揮して、逆に小倉へ攻め込んだときにも、このあたりが拠点になったところ。対岸までの距離は1kmとない。だからそこそこ大きな貨物船が通りかかるだけで、大変窮屈な感じになる。
関門海峡……狭いです~(貨物船談)


サイクリングの行程については、本館で書くことにして。行程での面白かったものを抜き書き。

・長府毛利邸。「龍馬がゆく」を読んだ人だったら思い出してもらえるだろうか。寺田屋事件の時に龍馬と一緒に居た三好慎蔵が仕えていたのが、この長府を本拠にしていた毛利の分家だった。その殿様の明治以降住んだお屋敷。
長府の町の山手に所在し、敷地も広いが、屋敷の建坪も広い。現存するだけでも10畳以上の広間が7間くらいある。おまけに障子が大きくきられていて、この季節だと風通しがすごくいい清涼感のある和風建築だ。観光客もあまり来ないので、静かに読書しに行く……なんて贅沢な時間の使い方に似合いそう。

毛利邸の書院からお庭を……


・林芙美子の記念資料。門司の旧三井倶楽部の建物の二階に2部屋使って展示してあった。幼少のころ今の若松区や下関に住んでいたので、洋行などの機会に小倉に寄って幼友達と会っていたという。
そういえば火野葦平さんもこの辺り(若松区)の出身。戦前景気のよかったこの町らしいエピソードだと思います。

・洞海湾の渡し船。正式には、北九州市営若戸渡船。若松と戸幡区との間には、今は大きな橋が架かっているけれど、歩行者は遮断されているので、渡し船が生き残っている。
北九州の渡し船



洞海湾は、関門海峡よりさらに狭い。渡船も実質5分弱で着いてしまう。けれど船の周囲にはカモメも飛び、周りも思った以上に広々とした海岸線になっている。子供の頃地理の教科書で教わった洞海湾のイメージ(工業地帯のど真ん中)と違いすぎる。産業構造の変化を目の当たりにした。

夜には輪行で博多へ移動、博多港23時発のフェリーで対馬へ渡った
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