ほしあかりをさがせ
山登り・サイクリング・星見・石仏探し 本命は何なのか、出たとこ勝負で行ってみましょう
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デルタ

Author:デルタ
四十才代、三重北勢在住の技術者です。ちょっとだけ営業マンもしてました。
ネット上では、磨崖仏の研究家としてごく一部の人から認知されてる(らしい)。磨崖仏・星見・歴史小説創作については、本館のHPを見て下され。

他の任務:東洋的リバアタリアニズムの確立。
       日本まんなか共和国 勝手に観光大使

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和田氏の絵に思う(かなりラジカルに)
古典的な洋画をよく研究してはるな、とシロウトにも感じました。
2004年以降、”食べる”シリーズを描いている。木の板の上、木目そのままに、正装して食事している人の肖像を描いている。木目にそって胴が伸び、下の方で木目へとフェードアウトしている。
植物の静から動物(これは人の描写に思えない)の生への移行が妙に面白かった。

2005/4/19の三重県立美術館の観覧記より)

堅実な洋画家が、思わぬことで突如時の人になった。
和田義彦氏のことだ。
名前に覚えがあった……なんてものではない。
その人の、問題になっている作品を、ちょうど一年前に見ているのだ。
そのときの作品の印象は、上に書いたとおりで、”古典的な洋画をよく研究してはるな”と感じた作品が、その疑惑を受けている作品だったわけだ。
(だから、木の板へ描きつけた「食べる」シリーズは、疑惑の埒外のはずだ)

隠すまでもなく私は、美術一般にほとんど興味がない。2~3人の思い入れがある画家サンの作品以外、さっぱりわからない。だから、和田氏の絵を見ても、中学の美術の教科書的なレベルで視るだけである。それらの絵にあまり興味を覚えなかったけれど、一方構図や配色の確かさには、うまいなと感じた。”模倣画”なのでは、とは露も思わずに。
そして、今……普通の人ならば、「偽物をみせやがって」という怒りを感じるはずだろうに、不思議とその感情が沸かない。

私のものでないから、それはその通りだけど。もう少し、私が何を考えたいるかを述べたい。

和田氏の絵に与えられた評価が、もし「美」という抽象的な判断基準であるとするならば、それを具体化すると「配色」や「構図」や「筆致」や、またはそれらの相関である。その意味では、「リアルにそこに存在している美」自体に何のかわりもない。我々がある絵を視る時には、その美の形は、すでに公知のもの……公共財になっている。画家に与えられる名誉は、その「美」の形を発見した(発現させた?)ことへの賞賛にすぎない。
決して過小な見積もりでない、彼等画家の誉れはニュートンやライプニッツのものと同種のものである、といっているのだから。

私たちは、美の形自体を私有化することはできない。知……もっとドライに言えば「情報」自体を私有することができない。
私有が許されるのは、作品(ある美の形が最初に発現した、記念的な絵)と、その美を最初に発現させた人が得る、(多分に経済法的な)優先使用権だけである。

だから、絵そのものの私有しているのでもない(ついでにいえば、美術館へも無料公開日に入ったのでロハだ)、その美の優先利用権を持っているわけでもない私は、怒る気にならないのだ。

冗談でも皮肉でもなく、また自らの無知を開き直るわけでもなく、
私は、ある美のかたちを私へしめしてくれた和田氏へ、一定の敬意を今後も払うつもりだ。
和田氏が「画家(創作者)」の称号を失うだけのことだ。

ところで、あなたは、和田氏のこのニュースに、怒りを感じるだろうか。
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テーマ:絵画 - ジャンル:学問・文化・芸術

この記事に対するコメント

はじめまして、宮本と申します。
気になったので私の意見を書かせて頂きました。

美しさを表現するには、最初にスギ氏の作品が、あるからなのです。
最初に表現することに大きな意味があり、それを模写ではなく
自分の作品と偽ることが犯罪なのです。個人の価値観は全く関係ありません。

また、絵を描くという技術的な表現すら劣っているとスギ氏は伝えています。
表現を具体化する為の発想の大切さを理解できないのは創作者としては失格です。
日本国内だから、未だに、このような低俗な似非芸術家が氾濫しているのでしょう。
この犯罪は社会的地位、教育、価値観を崩壊させるほどの大事件だと認識しています。
【2006/06/02 07:12】 URL | Yukio #- [ 編集]

罪にもいろいろありまして
宮本さん、コメントありがとうございます。
絵を描いておられる方にとって、背信であり邪道な行いだ、ということ、よく心得ました。

私もへたくそながら、文章で創作していますから、宮本さんの言われるところは、感情としてあります。ですが、創作に係わる人たちの仲間うち(以下、「ギルト社会」と仮にしておきます)の約束と、私はそれを分類します。

上のもと記事は、その現代的~そして普遍的な法・倫理に厳密に照らし合わせて、「原則的かつ抑制的に」突き詰めて再構築しようとした結果、とご理解ください。(だからこそ、法思想の一派である「リバタリアン」支持者の一人の見解、と分類してカテゴリー登録した)

私は、法や刑罰(社会的制裁を含めて)を、それら「ギルト社会」の倫理と厳密に分けておくべきとも考えるのです。少数の人のコミュニティーでの申し合わせを、社会全体へ敷衍することをためらっているのです。中世から続く「ギルト社会」的な倫理を、「罪を憎んで人を憎まず」の近代法の実世界へもそのまま適用させることに、反対なのです。
中世の社会では、ある「ギルト」からの追放されたとしても、その職業をフリーランスで続けることは可能でした(困難ではあっても)。法がコミュニティーごとに異なり、互いに別個の権威を仰ぎ、相互不干渉を原則としてましたから。
一方現代の社会では、まして政府まで巻き込んだ判断をするとなると、まさに職業人としての「死を要求する」ことになります。だからこそ、厳格かつ抑制的に判定しなければならないと考えます。

和田氏の一連の行為を、(a)「ギルト社会」の倫理に反した行為と(b)近代社会の一般的通念に反した行為に、私なりに分けました。
繰り返すようですが、(a)は創作者どうし仲間うちでの制裁の根拠であって、それに対する罰は最高でも追放です。(当事者どうしの損害賠償は別とします)

(a)
・他人の創出したアイデアを、自分のものと言い張った罪
・他人がすでに作品としているものを、模倣し公表した罪
・創作者どうしの信頼関係に対する、反逆
・ギルト社会全体の信用を傷つけた罪

(b)
・著作権法違反
・詐欺……といいたいところですが、「あなたの描いた絵を下さい」と発注を受け、実物を見た上で買っています。この契約自体には反しない。犯罪性があるとすると、暗黙の前提であった「オリジナル作品を対象とする」という合意についてだ。法的にどう判断するかが分かれることろだろう。

(追記)
私は、彼の絵を間近でじっくり見ました。スギさんの絵を見たことがないので断言できませんが、「技術的な表現すら劣っている」と言下に言い切れるレベルではありませんでした。また、展示されていた絵の3/4以上は、オリジナルだと思います。
絵の創作者でない私の立場からは、数件の著作権法違反事件……とうぜん犯罪ではあるにしても、常習犯といえるかさえ、断言できません。

>この犯罪は社会的地位、教育、価値観を崩壊させるほどの大事件
との評価は、絵を創作される立場からの(その仲間うちでの)評価としてはよくわかるのですが、それを理由に、一般的な日本社会の未成熟さの根拠にするのは、上記の理由から、行きすぎだと思います。
【2006/06/02 23:40】 URL | デルタ #- [ 編集]


ご返事、ありがとうございます。
私も少し付け加えさせていただきました・・・
今後、和田氏が盗作を認め謝罪に至らなければ数々の盗作が、白日の下にされされます。
創作の根元に関わる問題で、日本では音楽でもパクリは日常茶飯事ですが
今回の件は盗作という事で、訴えられれば比較的楽に証明されると思われます。

常習かどうか?模写と同様な絵が偶然に描かれることは万が一にもありません。
そうなると、報道された点数を見ただけで十分かと思われます。
(十数点に及んでいては、開いた口がふさがりません。)
また著作権については国により規定が異なる場合がありますが、
この場合、そこまで高度な判断は必要ないと思われます。

逆に、もしこのような事が許されるのだとしたら何でもありになります。
まぁ全てに置いて全くのゼロからの創造はあり得ませんが・・・
この件は、そのレベルにも達していない幼稚な事件だと思われます。
日本国内だけならともかく、世界的には許されない事だけは確かだと思います。
今後の顛末を見守っていこうと思います。

和田氏本人だけの信頼損失だけなら当然の報いですが、
彼の対応次第では、事はそう簡単に済みそうにありません。
業界をも巻き込んだ事になる可能性も大きいようですから・・・
【2006/06/03 09:53】 URL | Yukio #- [ 編集]


三重県立博物館からコメント発表がありました。
昨年の回顧展で展示していた87点中11点に盗作の疑いがある。
さすがにこの頻度だと、現行著作権法違反の常習者、といわないといけませんね。
この一件への私の認識が甘かった……。

残り76点の絵が、泣いている、そんな風に感じます。

>宮本さん
音楽のパクリ疑惑に関してもそうですが、一般論として、針小棒大な報道をされていませんか?日本の場合。
特に私は、法令のもとで保障される著作権を単なる「アイデア表現者へのインセンティブ授権」と見なす人間なので、侵害認定をきわめて限定的に考えるクセがあるので……。

また仮に侵害行為が他の国に比べ本当に多発しているのでしたら、
日本の芸術などの創作に対する、伝統的な認識や慣習をも振り返る必要がないでしょうか。
【2006/06/05 20:26】 URL | デルタ #- [ 編集]


ん~そうですか?失礼ながら
音楽に関しても認識が甘いと言わざるを得ません。
逆説的ですが、一般的にその程度の認識なので
国内的に大きな問題にならないだけなんです。
とても残念なことです。失礼しました。
【2006/06/10 11:57】 URL | Yukio #- [ 編集]

非常に不信感を覚えるのです
宮本さん

対海外的に問題が起きているのであれば、告発や訴訟を起こされるだろうし、
頻繁ならば、外交ルートでも圧力が掛かるはずですよね。
海外(特にUSA)は知的所有権の権利擁護に熱心で、容赦なくきます。
けれども、音楽著作権の、とりわけ譜面についての訴訟・告発の類の訴えが来ないのはなぜでしょう?
(演奏録音の複製物の扱いは大問題。ですが、これは技術上の普遍的な問題で、日本に限らず起こっているから除外します。)

私が、「国内で針小棒大に騒いでいるだけ」
というのは、まさにその点です。外から見ていて、「音楽業界のひとたちがネタ-話題のひとつとして使っている」または、「ムラ社会での足の引っ張り合い」としか映らないのです。ママさんコーラスのベテラン団員である母から聞く内輪話の内容など、言葉は悪いですが、「情実と足の引っ張り合い」に満ちあふれ、とても健全な業界体質と思えない。
確かに、合法・違法すれすれでの意図的な無断引用は少なからずあるでしょう(日本に限らず)。
しかし、それを、仲間うちだからと、なぁなぁで済ます一方、”著名な誰かさん”が批判すると、一斉につるし上げる……という体質がほの見え、マジメに応答する気になれません。
たとえば、音楽の譜面ならば、何小節以上の引用がパクリになるのですか?(”違法”という意味でなく)。移調してある場合はどうですか?、楽器パートの割りつけが違えばルール違反でないのですか?(許可を得ているにしても平原綾香サンの「JUPITER」は、かなりヤバイことをしてます。ホルスト自身は、楽器パートの割付も含め、惑星組曲のスコア譜を変更することを一切禁止しています。だから、冨田勲サンがシンセで録音したときも、音色は変えても、各パート譜ともに、内容をいじらなかったとのこと)

これらの問いに対し、音楽業界の人の間で……いやある特定の人からでさえ、筋の通った見解を、私は寡聞にして聞いたことがありません。
【2006/06/12 21:41】 URL | デルタ #- [ 編集]


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