お城跡にある小学校のグラウンドで、薪能がありました。 無料というのにひかれ、何となく見に行くあたり、貧乏性だな>自分
お城に残る唯一の遺構多聞櫓を背景に、陽が落ちた時分からの興行。 舞台の両隅に計4台の篝火が焚いてありましたが、 舞台上は別なライトで照らしてあり、 「揺らめく炎の中の幽玄」からは、ほど遠い状況。 明るすぎて、囃子方、地謡の人たちへも目がいってしまい、どうも落ち着かない。 ……ほんま、明るすぎるのは、良うないですよ。
演題は、次の三題 能 小袖蘇我 狂言 膏薬煉 能 殺生石 はじめての能鑑賞、普段「日本の中世は 云々」と大騒ぎしているワリに、このていたらく、謡いの内容を3割聞き取れたか、かなりアヤシイ。 そのようなあやふやな理解のもと、感想を述べます。 小袖蘇我:候(そうろう)の発音が、蘇我兄弟(武士)、春日局(尼さんか?)、母親(武家の妻だが、この時点では尼のはず)の三者で微妙に違うのが、興味をひいた。兄弟「そうろう」、春日局「さむろう」、母「さぶろう(さんろう)」とそれぞれ聞こえる。一種の”女言葉”を反映しているのか。
膏薬煉:設定では、鎌倉と都それぞれの膏薬売りが言い争っているのだけど、ともにイントネーションが関西のそれになっている。しかも、セリフがほとんどオウム返しなので、鏡の中の自分との言い争い、という印象がある。そういう「あほらしさ」を含めての風刺とすると、かなり面白い。
殺生石:帝に悪霊が取り憑いたのを陰陽師が調伏し、やがて石にしてしまう。その石の妖しさに気付き、修行のため都へ上る僧が、「性根善神ならん」といって祈ると、「成仏した」といって消える。神仏の概念の使い分けって時代ごとに違うのだけど、「神本仏迹」の匂いを感じ、わりと後年の脚本かなと感じた。 テーマ:東海地域情報(愛知・岐阜・静岡・三重) - ジャンル:地域情報
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