ほしあかりをさがせ
山登り・サイクリング・星見・石仏探し 本命は何なのか、出たとこ勝負で行ってみましょう
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デルタ

Author:デルタ
四十才代、三重北勢在住の技術者です。ちょっとだけ営業マンもしてました。
ネット上では、磨崖仏の研究家としてごく一部の人から認知されてる(らしい)。磨崖仏・星見・歴史小説創作については、本館のHPを見て下され。

他の任務:東洋的リバアタリアニズムの確立。
       日本まんなか共和国 勝手に観光大使

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京都・等持院にて
なぜ、思い立ったかのように京都に行ったか、正しい事情は上の記事の通りですが
その前に、等持院を訪れました。立命館大に行っていたら通いつめただろうけど、結局縁がなかったから、今回が初めての参詣。

京都駅から市バス。天ぷら油の廃油を混ぜた燃料で動かす車両でした。油のせいというよりエンジンのトルク不足なのか、始動時に妙にエンジン音が高く落ち着かず、バス停に降りて、なんか解放感(苦笑)

お寺は予想以上にこじんまりしてました。夢窓疎石作の庭、もともと緑の多いお庭で、おりからの霧雨でますますしっとりして良い風情でした。

足利15代の木像、……しっかり観察させてもらいましたとも!
そこは禅宗らしく、それぞれの木像の前には煎茶が供えてあり、「まだ生きている人」と扱っているお寺の気持ちも伝わります。
(室町時代に、唐物の磁器の茶碗に煎茶を淹れる習慣が日本になかったぞ、とかのツッコミは、ともかくとしまして-苦笑)

印象に残ったのは、義満サン、義尚サン、義昭サン。
(義政サンも別な意味で印象に残ったけれど、画像と似ている~!というのが最大の感想)
義尚サンはお母さん(日野富子サン)似なんですね。わりに四角い顔で細面のお父さんとはかけ離れた容貌。けれども、なんか、幸薄そうに感じるのは気のせい?……そういえば富子サンの肖像も、どこか世を諦めていると感じるときがある……意外がられるだろうけど、目を炯々とさせているとか、そういうバイタリティーがないのです(その点、義政サンも似た目をしている)
目つきでは、義昭サンが印象的。変な表現だけど「成り上がってやる!」という歪んだ覇気が一番強くでている、単なるドングリ目でない(笑)。実際にはどういう目つき、表情をした人かまでは、木像から推察できないけれど、この”訴える目”ゆえに時々の表情、心理が漏れ出ることが多かったのではないか?
いずれにしても、「きっつい人」だったのだろうな。
義満サンは、「異形」を印象つけようと、悪くいえば虚勢をはっているように見えた。アゴヒゲだけでなく頬髭まで垂らした像になっているけれど……ほんとうにこういう格好で、宮中にあがっりしていたのだろうか?まさか!(ない、と断言できないけど)事実と違う像を造った、となると、逆に義満サンの異様さを感じることになる。
見る限り先代先々代は真っ当な「写し」なのに、自分は変化にする・単なる”異端”を気取る稚気でない、「偉く見せたい」という虚像の効果ねらいと、私は見たい(もっともそれが義満本人の意志でないかも知れないけれど)
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テーマ:京都・奈良 - ジャンル:旅行

この記事に対するコメント

くじ引き将軍はどんな感じでしたか?

それはともかく、やはり義昭と言う人物は只者ではなかったのでしょうかね?
ある意味、足利将軍歴代の中で最も策謀に通じ、権謀に長け、なりあがり根性が強かった人かもしれませんね。
【2006/09/24 21:29】 URL | kazu #- [ 編集]


KAZUさん

「くじ引き」の御大は、衣冠束帯が似合ってました。私だけの印象だろうか?歴代の中でも、もっとも公卿化が進んだ人だったのかもしれません。

少なくとも刀を振り回して、なんて大それたことするように見えなかったのですが……
(「近所の人」の談話風に)
【2006/09/26 23:03】 URL | デルタ #- [ 編集]


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等持院山号 = 萬年山|宗派 = 臨済宗天龍寺派|本尊 = 釈迦如来|釈迦牟尼仏|創建年 = 1341年(暦応2年)|開基 = 足利尊氏|別称 = |文化財 = 紙本淡彩等持寺絵図(重要文化財)|}}等持院(とうじいん)は、京都府京都市北区 (京都市)|北区にある臨済宗天龍寺派の寺院。山号は万 京都探索どっとこむ【2007/07/29 10:53】

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