ほしあかりをさがせ
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デルタ

Author:デルタ
四十才代、三重北勢在住の技術者です。ちょっとだけ営業マンもしてました。
ネット上では、磨崖仏の研究家としてごく一部の人から認知されてる(らしい)。磨崖仏・星見・歴史小説創作については、本館のHPを見て下され。

他の任務:東洋的リバアタリアニズムの確立。
       日本まんなか共和国 勝手に観光大使

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県境の交点・小和田駅へ
奥多摩の雲取山、渡良瀬遊水池、白山の三ノ峰、サクラで有名な生藤山、と好きな場所のところの共通点を考えてみて気付いた。三つの都道府県の県境が交差する点であることだ。タダでさえ奥地である県境地帯のしかも交点というのだから、なおのこと静か、というわけで、好きなわけだったのだろう。

というわけで、これからは国内の県境交点を踏破していくことにした。
普通の山ヤさんなら、百名山踏破(三百名山踏破という猛者もいますけど)というところだろうけど、ワタシは軟弱なんです(苦笑)

というわけで、手始めに静岡/長野/愛知の県境交点へ行くことにした。これは、交通の便がいいところにあるからだ。なにせ、JRの駅(飯田線の小和田駅)から1kmくらいの位置に交点があるのだから。
さて、この小和田駅につき調べてみると、鉄道ファンの間では予想以上に有名なものだった。秘境にある駅(秘境駅という術語もある!)の最たるもの、という評価らしい。
牛山サンて方が「秘境駅へ行こう」という文庫本を書いていて、この駅を紹介している。無人駅でしかも周りに人の気配もないという場所なのに、立派な木造の駅舎まであるという、面白そうだ。
ついでにいうと、その本によると飯田線には他にも密室殺人でもできそうなトンネルと川で囲まれた趣ある駅がたくさんある様子。
というわけで、欲が出てきた。
計画を組み上げてみると、飯田線完全乗車と、小和田駅,千代駅での下車とを目論む日帰りにしては特盛りな旅程になった。
だからこんな殺人的な日程になる……
 亀山発5:56 亀山帰着 翌日0:13!

日程の関係上、飯田市内のとある集落の駅で15時前に途中下車し晩ご飯を買うハメになったり(そのあとの乗り継ぎがシビアで買う機会が取れそうになかった)、千代駅から天竜峡駅までリンゴ畑のそばや天竜峡渓谷を2km歩いたりと、かなり面白かったのだけど、長くなりすぎるので省略します。
ただ、中部天竜という駅で列車追い抜き待ち合わせの間に、改札近くで見つけたタブレット(通行票)を管理する機械の写真だけ、貴重なものだと思うので、載せますね。
中部天竜駅にて


というわけで本題。
【県境交点への道・JR飯田線小和田駅篇】

山間部。トンネルが何本も連続して、前方が急に広くなった。といって、そこには二番線分とホームがあるだけの急傾斜地……。
列車がスピードを落とし、「小和田」とアナウンスがあって、目的の駅をわかった。
小和田駅全景


日曜日の午前11時過ぎ。2両編成の列車から降りたのはワタシ1人。乗ってくるのは、ヘルメット姿の作業員さん1人。……1人と1人入れ替わっただけで、列車が去る。
何事もなかったように、静寂がもどる。辺りを支配する音は、駅舎の脇にある水道が凍結防止のためか出しっぱなしになっている水音。
駅舎は黒ずんだ木造で、切符を売る窓口と、チッキを扱うカウンタとがある。窓口には営業時間「平日 7:00から終電まで」と印刷してあるシールがそのままだけど、色褪せたカーテンが閉じてある。……当然のように無人駅化して、今は営業していない。
一方駅の入口(民家みたいに引き戸になっている)の脇にスチール事務机があって、奇麗に装丁しなおしてある駅ノートのバックナンバーと、例の牛山さんの本とが立てかけてある。
駅自体面白そうだけど、そっちに時間を取られている訳にいかない。県境を見に行かなければ。

事前に調べたところ、県境の交点自体は天竜川の流れの中だし、愛知県と他の二県との境も天竜川になっている。そして、長野と静岡の県境は天竜川へ合流する谷川になっていて、駅から伸びる小道を進めばその谷を渡る橋を経て、長野県へ入れることが解っていた。だから交点自体はいけなくても、この橋の途中(長野/静岡の境)から交点付近を望むことにしようと考えた。

駅の外、なんか公園の遊歩道みたいに細い道がコンクリート舗装してあり、分岐に小さな案内標が立ってある。その一つに「高瀬橋 25分」とあった。時間距離からして、この橋が県境の橋だろうと見積もって歩き始めた。
河原に向かっては斜面に植林されていて、道はその一段高いところをアップダウンしている。結構な傾斜で、15分も歩くと息が上がった。そうして着いたのが、民家とも飯場とも見える、かなり大きな建物だった。「高瀬橋 5分」と立て札にある。がその先の道が容赦なく様子を変えている。山の尾根道並の細さでしかもはっきりしない。進むうち両脇から茨が覆ってきて、不安になり始めたころ、前方が行き止まりになった。明るい左手を見ると。……その瞬間慄然となった。吊り橋が横板が落ちて崩壊している。10m位先に10m分くらい横板を残しているけれど、それも相当に古びた板材に見える。柱も金属ワイヤも残ってはいても、どうしょうもない状態で放置されている。
高瀬橋


足回りをしっかり整え、補助ロープを固定すれば、橋がだめでもあるいは下の河原へ降りられるかもしれなかったが、まさかそこまでの準備もしていない。諦めようと決心はしたが、あらためて背筋がピクピクした。
無謀なことをしてはいけない。辺り1km以内には今人ひとりもいないんだぞ。登山の時よりも人気のないところに来ているのだから、怪我しても助けを呼べないのだぞ!

現場写真をだけ撮って、足早に駅へ戻った。

駅に戻り、昼ご飯を食べながら駅ノートを読んでいった。そうして、この駅が昭和50年代に開業したことを知った。当時は駅員さんも常駐して、周囲に人も住んでいたという。駅舎の古びかたから考え、その駅開業の時に作ったものだろう。たった25年の間に、ここまで変貌したのだ。
「消えた峠の村」として有名な現飯田市の大平地区が集団離村したのが、昭和40年代……それより後に、ここに一つの集落ができて、なくなってしまった。

これが県境交点付近の荒々しい現実なのだろう。
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『           』生藤山について

生藤山生藤山(しょうとうさん)は東京都・神奈川県・山梨県の境部(境点は三国山)にある標高990mの山。奥多摩山域の南端。神奈川県の最北端。神奈川県立陣馬相模湖自然公園。昔、国境の木は伐らないルールがあって、生藤山は二国国境なので「切り止め山」と呼び、これが「 日本の山【2007/02/08 21:10】

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