ほしあかりをさがせ
山登り・サイクリング・星見・石仏探し 本命は何なのか、出たとこ勝負で行ってみましょう
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デルタ

Author:デルタ
四十才代、三重北勢在住の技術者です。ちょっとだけ営業マンもしてました。
ネット上では、磨崖仏の研究家としてごく一部の人から認知されてる(らしい)。磨崖仏・星見・歴史小説創作については、本館のHPを見て下され。

他の任務:東洋的リバアタリアニズムの確立。
       日本まんなか共和国 勝手に観光大使

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OECDへの解答案?
7月に出たOECDの日本経済に関するレポートへの、解答の一つなのだろう、
経済財政諮問会議の八代サンが昨日こんなコメントを発表している。

以下毎日新聞より引用
http://www.mainichi-msn.co.jp/keizai/seisaku/news/20061219k0000m020089000c.html

非正規社員の待遇を正社員に合わせるだけでは、「同一労働・同一賃金」の達成は困難と指摘。正規、非正規の待遇を双方からすり寄せることが必要との考えを示した。

八代氏は現在の格差問題が規制緩和の結果生じた、との見方を否定し「既得権を持っている大企業の労働者が、(下請け企業の労働者や非正規社員など)弱者をだしにしている面がかなりある」


ご立腹のお人も多い様子。だが、耳が痛くとも、その通りなのだと思う。
もちろんILOあたりの見解も聞かねばならないが、OECDという視野の広い外部機関が八代氏と同じ結論に達しているのだから、日本の労働法制の歪みを無視と決め込むのは虫がよすぎるというもの。
数年前まで連合すらもこの問題をタブー視し、放置してきた。そのツケを払う時が来たというべきか。
つまりは、制度としての経済格差は高度成長期のもとでも同じようにあったが、ここ10年くらいの経済のグローバル化や円高傾向などの影響で労働者の分布の重心が移っただけ、というのが、実態なのだ。
(こういう、声を出せないごく少数の「弱者」が高度経済成長での急ピッチな工場・道路建設の現場を支えてきていたのだ。3年前四国のとある都市の安宿でこの種の労働者サンと朝飯をともにしながら昔語りを聞かせてもらったことがあるが、50歳を越えても未婚でいるよりない、との苛烈な現実を思い知らされた。プロジェクトXですら取り上げてもらえないようなこの種の”無名の戦士”たちは、栄光をみることなく間もなく現役労働者でなくなっていき、その蓄えたノウハウは消え去っていこうとしているが、皆さんは関心があるだろうか?)
経済・社会福祉政策という対症的な対策では、法の下での不平等制度が放置されかねない。たとえば、低賃金のパート労働者が大量に雇えることを前提にした介護保険制度がその良い例だろう。
痛み、いや、当面の不利益を引き受けてでも、労働をめぐる制度を法的に公正なものにする必要がある。さもなければ、不満が鬱積していき、日本の法秩序へ決定的な不信の眼を皆がむけることになるだろう。

あるスポーツ新聞で三遊亭円丈師匠が書いていた。
「松阪が年俸1000万円の投手と比べ、600倍の速球を投げられるわけでもないのに、なぜ経済的合理性のない高額年俸にありつけるのか?」
このような、「経済合理性に基づいた公正な」「公平な」ではない)視線が欠けていることが、格差を温存する原因になっていないか?と私は言いたいのだ。
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テーマ:格差社会 - ジャンル:政治・経済

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