ほしあかりをさがせ
山登り・サイクリング・星見・石仏探し 本命は何なのか、出たとこ勝負で行ってみましょう
プロフィール

デルタ

Author:デルタ
四十才代、三重北勢在住の技術者です。ちょっとだけ営業マンもしてました。
ネット上では、磨崖仏の研究家としてごく一部の人から認知されてる(らしい)。磨崖仏・星見・歴史小説創作については、本館のHPを見て下され。

他の任務:東洋的リバアタリアニズムの確立。
       日本まんなか共和国 勝手に観光大使

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「色弱者欠格条項」をめぐる話
昨日の書き込み、ちょっと舌足らずで、私としても胸に引っかかるところがあるので、補足しておきます。

色覚にハンディがあっても、それを補う技術・方式を考案し、提供することを、
実際の研究現場や技術者の世界では理想としてきています。
だから、受け入れる側からすると、「受け入れ態勢が整わないから」と恐る恐るお断りを入れる、という質のものでした(元来のことの始まりは、そういうものだったはず)
それが、いつのまにやら形式的な資格条項になってしまって、1985年頃には動かしがたい「不文律」になっていったのです。

……1980年代後半には、国会でも取り上げられて相当な問題になっていました。
たしか87年(私が入試を受ける前の年です)に、急速にこの条項が無くなったと記憶しています。

けれど、今でも職業によっては色覚の条件を雇用の要件に入れている職場があるみたいで、過去の問題になっていないんだ、と胸が詰まりました。
(障害者欠格条項をなくす会の声明を参照ください。2001年以降新たな声明が出ていないこと自体は、良い知らせなのかもしれませんが……)

http://www.dpi-japan.org/friend/restrict/katsudo/katsudo2001/010706.html

以下、一技術者として思うこと。

人には、肉体的な限界があります。その限界が個々の人によって異なるわけで、それは避けがたいことです。しかし、今や、その人の肉体的な限界を超える手段を私たち技術者は数多く作り出してきています。
そうして、自分たちの作ったものを用いることで、肉体的な限界を超えたことを知覚し、考えることによって、新たなモノ・サービスが生み出されることを、私たちは誇りに思っています。
色覚障害も含め、そのそれぞれの人にとっての限界を超える手段を提供する、ことによって、私たち技術者の名誉欲も金銭欲も、そして社会への貢献という満足感も得ていってます。
……この「当たり前」な営みの積み上げで、社会がノーマライズされていかんことを!
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テーマ:責任 - ジャンル:政治・経済

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