ほしあかりをさがせ
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デルタ

Author:デルタ
四十才代、三重北勢在住の技術者です。ちょっとだけ営業マンもしてました。
ネット上では、磨崖仏の研究家としてごく一部の人から認知されてる(らしい)。磨崖仏・星見・歴史小説創作については、本館のHPを見て下され。

他の任務:東洋的リバアタリアニズムの確立。
       日本まんなか共和国 勝手に観光大使

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無政府資本主義からみた「倫理的にまっとうな」政府の姿
竹島にからむ日本・韓国両政府の密約
従軍慰安婦に対する補償のあり方
そんなこんなで、私としては「政府の使い道」を、より正確には「政府にのみ”倫理的に”許される役割」というのを、どうしても考えてしまった。

政府。それはいうまでもないけれど、地域独占が当然とされている唯一の法的な存在だろう。同じ地域独占といっても、例えば電力会社などとはレベルが違う。同業他社を設立しようとしたとたん、「法的に正当な手段」として力づくで排除されてしまう(爆)。しかも、それら地域独占の法人たちは、条約というカルテルを結んで、例えばウィーン条約のように「政府の指揮に従わない軍事集団は無法な暴力集団と見なし、交戦法規の人道的規定から除外する」などと、取り決めていたりする。
そんな「強権的な」地域独占法人へ倫理的に要求される要件とか、許される役割というのを、私なりに定義しておこうと思う。
(地域独占を許すために、倫理的に要求される条件)
 (A)その地域に生活拠点を持つ人たちに、くまなく恩恵を与えること
 (B)移入してくる人を、特定の価値判断で排除しないこと
 (C)その地域に生活拠点を持つ人たち内で対立のある事項には中立を守ること。 (D)その地域に生活拠点を持つ人たちのうち特定の人に、特別な利害を与えないこと。
……つまり、空気のように普遍的な存在であろうとすればするほど、空気のように人畜無害であることが要求されるわけだ。これらが要求される理由を僕は「倫理的に」と表現したけれど、ひょっとすると「その地域に生活拠点を持つ人たち」から、「不平等/不公正」と訴えられ、暴力的に排除されないようにするための、政府自身の「護身的な規定」なのかも知れない。

一方、そんな政府に許されるべき行動はどんなものがあるだろうか。
結構制約されて、何が出来るかだけを列挙する方がはやそうなくらいだ。
 つまり、住民の広汎な合意が得られるミニマムの行為ということになるのだろうけど、私の考えるのは次のことだ
 (1)住民の合意事項の整理、明文化
 (2)合意事項を履行しない人への是正勧告、処罰
 (3)違法な行動に対する原状回復の促進
 (4)激甚な災害などに備えた、救援資金のプール(保険機関)
 (5)極端に虐げられている人の生活(人道的)支援
これらさえ、政府でなければしてはならない、というわけでない、と一応お断りしておきたい。特に(3)や(4)は公益財団で代行可能で、現にそのように機能している機関も知られている(秋田の公益福祉法人「感恩講」など)

が、今わたしたちが政府に要求していることって、上に仮に示した政府の行動規範に照らすと、どのような内容だろうか。
例えば竹島の問題。
実は、竹島の土地を正当な取引に基づき所有した人は、いまだかつていない。その意味で、今なお民事的には「正統な主のいない土地」である。(どちらの政府に属するか、はこの際議論の外におく。あくまで「所有し利用する(そしてその代償として固定資産税を払う)主体が誰か」を問題にしている)
その状況にあって、日韓ともに、ある特定の層の人が「排他的に竹島を利用する権利」を無償で確保するために、その政府へ「領有を宣言して、相手政府(相手国の人を含む)を排除してくれ」と焚きつけている、そんな風に私には見える。

これは、上に書いた(D)に反することを行うように政府に強いていることになるし、将来的に相手国の人とその権益を竹島から排除することを目的にしている以上、(B)にも反していると言えるだろう。
「いやいや、(2)でいっている不法行為に対する原状回復なんだ」という反論は、今回成り立っていないことはお分かりだろうか?
……いうまでもなく、民事的な意味での「利用権」の正統な持ち主がいないからだ。
(トドをそこで捕っていたから、といっても、その土地での排他的な授権者だったとまでは言えない。いわば「入会地」だったと考えるのが自然)

もう一つの例としては、従軍慰安婦の補償問題だ。
ここまでの議論は、「誰が”悪い”か」に終始していた。このような議論の範囲の偏りは、大きな社会問題でとかく起こりがちで、最近では「薬害エイズ」が思い浮かぶ。どちらかというと(非人道的だが当座不可避だった決断を下した)「覚悟を決めて泥を被った」だけの大学教授を悪の張本人と決めつけた。まあそれはやむを得ないと思うけれど、「彼をいかに謝らせるか」に終始した運動を前にして、より大きな意味での解決機関である政府が動きを取れなくなっていた。……つまり運動が政府へ(2)の行為以外を許さないかった。
実際に求められているのは、(3)だったはずなのに。

従軍慰安婦の補償問題もそうだろう。
 ・違法行為の結果として、被害があった(その被害に補償がない)
 ・ただし違法行為をなした行為者が明かでない
 ・被害者の余命を計算にいれねばならない状況にある
……こう整理すると、薬害エイズと同じ状況であるのがよくわかる。

この問題を解決するためには、(3)の選択肢を先行することだって許されよう。
日本政府でも韓国政府でもいい。「被害補償を立替える」だけでいいのだ(そしてその行為は、(4)の保険機関的な機能でもある)。その後で、政府が代行して民事訴訟を起こして、「加害者へ補償金支払」を求めればいいのだ。
(上の解決法に従うなら、実は韓国の従軍慰安婦への補償は、一時的には韓国政府が行うほうがいいだろう。補償ののち、日韓基本条約の補償規定に今回の不法行為が含まれるのか、不法行為の主体が誰なのかをじっくり法廷で争えばいいのだから)

つまり、私は、実は政府は「有害」なものだから排除したいと言うのでない。
ただ、それを使用するときに誘惑に負けて、利己的に政府を誘導する人が多い、……なぜなら得られる利益が大きすぎて、誘惑に打ち勝てない……
そこに、政府を乗り越えねばならない理由がある、と私は思うわけだ。
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テーマ:政治・経済・時事問題 - ジャンル:政治・経済

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