ほしあかりをさがせ
山登り・サイクリング・星見・石仏探し 本命は何なのか、出たとこ勝負で行ってみましょう
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デルタ

Author:デルタ
四十才代、三重北勢在住の技術者です。ちょっとだけ営業マンもしてました。
ネット上では、磨崖仏の研究家としてごく一部の人から認知されてる(らしい)。磨崖仏・星見・歴史小説創作については、本館のHPを見て下され。

他の任務:東洋的リバアタリアニズムの確立。
       日本まんなか共和国 勝手に観光大使

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市場原理主義と経済合理性……
選挙速報のラジオ番組を聞いていて、ふと思った。

なぜ3時間も待てば結果がハッキリする内容を、
数万人オーダのアンケートをしてまで、出口調査をするのだろう?



答えはおそらくこうなのだろう
「視聴者の需要が、”人より早く知りたい”というところにあるから」

この需要の読みが本当に正しいかどうかは、ともかく、
大きな需要がある限り、それに応えようとする、と言う意味で、
「市場原理主義」的だ。
しかも、その速報の速さを各社争っているのだから、まさに競争社会、である。

しかし、速報で「当選確実」を出してから、選挙管理委員会が「当選発表」をするまでの間のたとえば3時間、いかに日曜日のゴールデンタイムとはいえ、その視聴率(聴取率)競争でよい数字を取るためだからといって、手間を掛けすぎでないだろうか?


全国数千個所にたとえば3人ずつの係を張り付け、その結果を集計するためには、人件費だけでも1億円に近い資金が必要なはずだ。選挙速報からまるっきり降りたとしても、この出費に相当するような損失が出てくるのだろうか?1時間あたり3000万円のもの損失がほんとうに出るのだろうか。選挙速報の裏番組でレギュラー番組をやってもよし、地方のTV局がやるように、地元の大学の先生とかをコメンテータにして、独自路線の選挙報道をやるのもよい、そんな番組にもそれなり以上の商品価値があるだろうに。
他社と差別化できない番組をわざわざ作って、過当競争の渦中へ飛び込むその姿勢には、はっきりいって経済的な合理性がない。

このように、「市場原理主義」と「経済合理性を求めようとする姿勢」との間には、微妙な隔たりがある。
僕自身の考え方の傾向を振り返ってみると、単純な市場原理主義というより、経済合理性を徹底したい、という方向性があるのに気付いた。
主戦場で争うのは、かならずしも合理的な選択でない。
ときには「待ち」の姿勢も大切……というと、奇異な目で見られるのだろうか。

ただ、このように、冷静に合理性を追求するためには、やはり、経済活動の完全な自由が手の内にないと厄介だ、と認識している。
このあたりの点では、市場原理主義なのかも、とは思う。
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