ほしあかりをさがせ
山登り・サイクリング・星見・石仏探し 本命は何なのか、出たとこ勝負で行ってみましょう
プロフィール

デルタ

Author:デルタ
四十才代、三重北勢在住の技術者です。ちょっとだけ営業マンもしてました。
ネット上では、磨崖仏の研究家としてごく一部の人から認知されてる(らしい)。磨崖仏・星見・歴史小説創作については、本館のHPを見て下され。

他の任務:東洋的リバアタリアニズムの確立。
       日本まんなか共和国 勝手に観光大使

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佐渡周遊自転車旅行(3日目)
小木佐久間YH 8:40発
佐渡白山YH 16:20着
行程56km 小木(県道45号)西三川(R350号)下長木・妙照寺往復・鳥越(折り返しR350号)郵便局前(林道)白山YH


曇のち雨、当日朝いくら天気予報を見直しても様子が変らない。
今日は走り始めの数キロで取材しなければいけない宿根木の磨崖仏と民俗資料館があるので、わざわざ雨の中での走行時間を長びかせることになりかねない。
宿根木の磨崖仏、詳しくは岩屋洞穴は島を一周する県道から山手へ農道を1kmくらい入った場所にあった。あたりの緑が濃く、間口の広い海蝕洞穴だったが、雰囲気がいかんせん暗い。おそらく水子供養の聖地にもなっているのだろう、人形などもあった。
洞穴は不気味だ


千石船も展示してある民俗資料館は、資料がかなり雑然としているのが残念だった。だが大正年間に建った学校の校舎を流用している建物と、千石船とは味わいがあった。千石船、じっさいには850石積の船なのだけど、これを造る際には地元(佐渡と対岸の寺泊)の船大工さんでは手が足りず、三陸海岸から応援に来てもらっていたとの展示もあった。こういう「出稼ぎ」のネットワークのありようが、私としては興味をそそられるところ。(考えてみれば、船大工さんはそんなに沢山一個所にいる必要がない。新船を造る際にはやはり昔から出稼ぎの援軍を相互に出し合っていたのではないだろうか。だとすればどうやって相互の連絡を取っていたのか?)

宿根木の集落へは坂を急降下する。
集落にはところ狭しと2階建ての板張り家が連なっている。
路地など、京都の路地など比でないほどせせこましい。もし都市の定義を人口密度の大きさに置くならば、江戸時代は間違いなく「大都市」に入っていたことだろう
宿根木のマチカドから

宿根木の港


さてこの道は、佐渡の南端沢崎まで続く。断崖の上の岬だから、その分の標高を取り戻さなければならない……、ひぃぃぃ、といいたくなる急坂。手で押すうち、まばらに大粒の雨粒が顔へ当たり始めた。いくらなんでも早すぎるぞ、この雨。
同じように自転車で一周しているという人(ランドナーに乗ってはりました)に抜かされつつも、なんとか付いていって(笑)、近年新造されたという大きな橋で一つ入江を跨ぎ、岬のそばまで来た。灯台前は道路工事中で砂利道だったが、ともかく写真だけでも、灯台の構内へ。
沢崎灯台


さあ、いよいよ日本海、対岸は一気にロシアだぞ(笑)、となると、ロシアからの寒風にもろに曝されはじめる。この横風も辛い。岬が断崖になるために3度ほどUPDOWNを繰り返す。その断崖の上にはかならず農地があり、縦横に農道が走っている。……その1つのトラップにひっかかってずいぶんと遠回りするハメになった。
すると、今度はレーサータイプの自転車に乗ったふたり組に追いつかれた。今朝直江津を出たフェリーで小木について一直線で来たのだとか。フェリーの予約があるので、明日の午後3時までに戻っている必要があり、結構焦っているのだとか。私とはエライ違い(笑)「去年も佐渡一周に挑戦したのだけど、時間切れになって、南の半周で終わったんですよ。今年走れないと、シャレならない」と闘志がみなぎっていて、今日も、夜中も走る覚悟でいる、とのこと。

木流という小さな集落へ降り立った。浅い凹面状の浜辺の一画、何にも使うあてのなさそうな長方形の草地があった。
細長い碑が横たわっている。「学び舎のあと」……これも小学校のあとだった。
学び舎の跡



岩の出た海岸は岬から6kmほどで途切れ、砂浜になった。「素浜」という素っ気ない名前の長い砂浜が続き、目の細かいネットなどで砂浜と道路との間を仕切っているけれど、舗装の上まで遠慮会釈なく砂が上がってきている。しゃりりりり、という乾いた音がする。雨が降っているというのに、この乾いた音が意外だった。
亀脇という集落を抜けたところで、不意に舗装が途切れた。思えばこれが佐渡一周210kmで唯一ダートになる個所だった。マウンテンバイクでは問題なく走れる路面だったが、レーサの人たちはどうするのだろう?
そのダートを走り抜けたところにドライブインがある。そこで時間的にもちょうどお昼、昼ご飯とした。
……今日もウィークデイ。地元のたぶん道路工事の人数人しかお店に入っていない。観光の人がほとんど来ていないのだろうか……。

お昼からは、雨がやや本降りになってきた。正直目の前に続く道をひたすらたどるだけ、それ以外に何も考えられない、という状況になる。
レインコートの中が蒸れて汗がかなり出る。1時間ほど走った海辺のバス停の待合室でお茶を飲み、木陰を見つけてはまた水筒を取り出す。普段なら景色のいい海辺のm地だろうに、それ以外には何も憶えていない。もったいない。
ほぼ一日ぶりだろうか、旧真野町の新町という交差点で「信号」に出あう。信号がないとはスゴイところを走っているな、と実感した。
市街地に入ると、急に町並みがお金持ちっぽくなりはじめた。間口といい瀟洒な建て方といい、金山の恩恵がこのあたりまでは及ぶのだろうなと思う。鎮守の森や庭の木立という木々にも恵まれ風も弱まり走りやすい。
隣の旧佐和田町までの約40分、その町並みがほとんど途切れず、本町という交差点に出た。雨はなお降っているので、やはりこの町にある白山YHに宿を取ることにした。このあたりは両津、相川に次ぐ大きな町、しかもその昔日蓮さんが流されてきた史跡も多いとのことだから、雨宿りがてら寄ってみることにした。両津へ戻る国道350号から分岐し大佐渡山脈側へ入る。そこそこ有名な実相寺の明るい雰囲気にはぬれねずみの私の姿では気後れする。自然と敬遠したくなり、その奥の山寺、妙照寺へ行く。日蓮さんがしばらくの間拠点としたお寺だとかで、本堂の大きな茅葺き屋根がしっとりと濡れていた。こういう何の目的もないところで、ぼんやりと雨と屋根を眺めるのも、またいいなと思う。さいきん年齢のせいか、退屈という瞬間がむしろ愛おしくなりはじめている……、そんな自分に気付いた。
かやぶきの本堂


宿の予約を取った際、宿の奥さんからは「金井町についたら連絡下さい。道を案内しますから」といわれていた。持参しているツーリングマップでは、このお寺よりも西側にあることになっているのだけど、金井町と指定があったのを疑うのも変だ、というわけで金井町の中央の方向即ち東へ自転車を走らせた(このときがいちばん雨が激しかった)。スーパーで夕食と明日・明後日の行動食を買い込み、さあ道案内を頼もうと電話を掛け、ご主人に車で来てもらえることになったのだが、15分待ってもその様子がない。
……早い話が、金井から電話を掛けているということを伝え忘れたため、佐和田にある同じスーパーの支店で待って貰えていた。私が両津から来ていると思いこんだ奥さん(予約時に電話を受けた)と、小木から来ていると知っているご主人(さきほど電話を受けた)との間で、行き違いがあった上、当のYHが佐和田町の方にあったために起きたミスだった。
余計な手間をお掛けしたことを謝り、ご主人のライトバンを自転車で追いかける。その距離10km、しかも後半は結構な上り坂で、最後まで泣きそうになっていた。

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