ほしあかりをさがせ
山登り・サイクリング・星見・石仏探し 本命は何なのか、出たとこ勝負で行ってみましょう
プロフィール

Author:デルタ
三十才代、三重県在住の光関係の技術者です。
ネット上では、磨崖仏の研究家としてごく一部の人から認知されてる(らしい)。磨崖仏・星見・歴史小説創作については、本館のHPを見て下され。

他の任務:東洋的リバアタリアニズムの確立。
       日本まんなか共和国 勝手に観光大使

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夷狄にカブレた私たち
もとはといえば、西郷(KAZU)サンが「天体に興味を持ち始めている」というておられるのをみての企てだった。
彼やそのほか何人かの知り合いを巻き込み、東京は三鷹にある国立天文台の夜間公開に押しかけたところ、(大接近の火星を見よう、って試みだった)見事に雲を呼んでしまい、挫折したことがあり、
このままでは、私の曇男伝説が定着してしまう、と再起をかけて、再度国立天文台の公開日に挑んだわけだ。
……三重から週末をまるまるつぶして訪れるこの執念、実るかどうかは、運任せ天任せであるというのに……。

日中は西郷サンが呼びかけての、新撰組史跡を訪れる散歩となった。
日野駅から高幡不動さん近辺を回り、新撰組ふるさと館や、井上源三郎サンの記念館を廻ったが、いずれも休館。近在の農地に張り巡らされていたであろう用水がかすかに風を導くその中を、当時の光景を思い浮かべて歩いていた。……すみません、何せ私は新撰組といわれても、ピンと来ないのだ。なんとか19世紀後半、京都、その後甲州街道沿いに活動した人たちであることくらいしか、像を結ばない。
日野市の東の端付近と思う、人家がいったん途切れたところに、忽然とヨーロッパの田園地帯の民家を模した2階建ての建物に出会った。違和感はあったけれど、けれどそのたたずまいに無理さはなかった。特に淡い色のバラを絡ませているあたりは、いかにも「多摩の田園趣味」だ。
どうやらティールームらしい。「CLAIR」という店の名も道路に置かれた黒板でわかった。

……入ろうよ、と目と目を見合わせ、
「土方サンよ、夷狄趣味に流される私らを許せ」
と念じて上がり込む計4人。
紅茶とケーキのセット(私はスコーン)を頼み、その香りを、そして暗がりを楽しんだ。
産業革命前後の英国の、古き良き田園生活への憧れ、というのは、汽船に大砲を積んで太洋を走り回る時代にあっても続いていただろう。たぶん「紳士」達の懐古趣味とも共鳴しながら。

一方で、日本の土着的な意味での「攘夷」は産業革命の産物を排斥することを意味していた。
……と考えると、最初に英国のこの姿に出会えなかったのが、日本と欧米との関係を妙に険悪に形式的にしてしまった原因でなかったろうか……。

土方サンにも、ひょっとすると高杉晋作あたりにも、この紅茶の味を知っていてほしかった(彼らにはそういう趣味がなかったかな?)

しかし。不幸にも、民家やお茶や、スコーンやらは、「黒船」には積んでいなかった。あたりまえだけど。
いっぽうで、「黒船」は、いつのまにやら恐怖の対象でなくなり、出世の道具になっていった。

脱力した関係を欧米との間に造るのに、100年以上かかったってことですか、
と私のそんな感想に、同席のお三人は苦笑されている。

それぁそうですわな、エンジニアという私の本職は、「黒船」を職業にしたようなものですからね〜。

テーマ:東京23区外 - ジャンル:地域情報

この記事に対するコメント

コメントが遅れましたことを深くお詫び申し上げます。

いやしかし、先日はお疲れ様でした。
「CLAIR」は本当に思いがけない発見でした。
こういう「思いがけない発見」を新撰組の彼ら他、幕末の志士達が無垢のまま触れていたら、歴史は大いに変わったでしょうね。

天文については、自分殆ど無知状態をさらけ出してしまいました。
今後はHPにアップできるように精進いたしまする。
【2007/06/02 19:03】 URL | 西郷一之介(kazu) #- [ 編集]


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