ほしあかりをさがせ
山登り・サイクリング・星見・石仏探し 本命は何なのか、出たとこ勝負で行ってみましょう
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デルタ

Author:デルタ
四十才代、三重北勢在住の技術者です。ちょっとだけ営業マンもしてました。
ネット上では、磨崖仏の研究家としてごく一部の人から認知されてる(らしい)。磨崖仏・星見・歴史小説創作については、本館のHPを見て下され。

他の任務:東洋的リバアタリアニズムの確立。
       日本まんなか共和国 勝手に観光大使

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要約すると(爆)
「質への逃避?」という題で、際限なく書いた昨日の記事、
一夜明けて、ようやくのこと、自分の中で要約することができました(爆)

「大トロ信仰」が、日本型の大量消費の一因になっている。
それを回避するには、「赤身」の価値を認めて、
「適質」な消費行動に徹するという、経済合理性を重んじた価値観が必要になる、


ということになるみたいです(苦笑)

どぅも、お騒がせしました(汗)
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テーマ:環境・資源・エネルギー - ジャンル:政治・経済

この記事に対するコメント

笑ってしまいました。
昔は大トロ捨てて、赤身だけしょうゆ漬けで食べていたそうです。
くじらはどうなんだろ??無駄な部位は無いって鯨博物館では解説してますが・・
【2007/08/26 21:34】 URL | SAKAKI #- [ 編集]

赤身はおいしい(……そんな結論でいいのか?>自分)
SAKAKIさん、コメントありがとうございます。

マグロも鯨も、この点ではよく似ている経緯があるみたいです。
要は、
昔は、脂肪分の多い部分が”足がはやい”ため、流通経路に乗らずに生産地で消費されるか、船内での賄いだけで使われていた(ただし、)
それが、流通が高速になり、同時に保存技術が確立してきて、
マグロの大トロ、鯨のオノミが、珍重され、美味と賞賛されるようになった
とのことのようです。

といいながら、私は江戸時代のヒトの味覚に近いのでしょうか?
1度だけ食べた大トロは、むしろ胃にもたれた印象があり(一切れなのに……体調のせいもあったのかも)、
一方赤身をふんだんに使ったマグロ丼だったら2杯は食べたくなる
……安上がりな奴です(爆)

くじらの有効利用に関しては、私もかなり疑問を持っています。
確かに用途としては、よく博物館などで説明してある通り、ほとんど全ての部位にあったのでしょうけれど、実際には多くは捨てられていたのではないかと。
以下、4年前のお盆、岩手県立博物館で学芸員さんに尋ねたことです
専門の学芸員さんでない(民俗学が専門の方が日直でフロアにおられました)ので、内容の信憑性までは確かでないですけども……。

私「鯨尺、てありますよね、和裁で使うモノサシ、あれは、鯨のひげを使っているということでしたが、実際のところどうだったのですか?」
学芸員さん「えっと。調べてみますね……(30分経過)。
確かに用途としてはあった様子ですね。けれど、私の知る限る、その種のモノサシはやはり竹で作っているものが圧倒的だったはずです」
骨格標本を前にして
私「そもそもどこからその鯨尺をとったのでしょうね。一尺て40センチ近いでしょう?」
学芸員さん「普通2尺のサシだから、78センチになるんですけど……取れそうにないですよね。当初は1尺のサシだったのかな(苦笑)」

【2007/08/28 01:02】 URL | デルタ #- [ 編集]

追記
なんで鯨尺のことに興味を持ったか?
それは、母親が内職で洋裁をやっていた時期があり、
なぜか鯨尺のサシも持っていたためです。
なぜに鯨なのか?と母親に問ったのですが、母親も「鯨の髭を使ったサシがあるらしい」としかしらず、釈然としなかった……そんな子供のころからの疑問を、鯨の骨格標本を前に思い出したのでした。
【2007/08/28 01:08】 URL | デルタ #- [ 編集]


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