ほしあかりをさがせ
山登り・サイクリング・星見・石仏探し 本命は何なのか、出たとこ勝負で行ってみましょう
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デルタ

Author:デルタ
四十才代、三重北勢在住の技術者です。ちょっとだけ営業マンもしてました。
ネット上では、磨崖仏の研究家としてごく一部の人から認知されてる(らしい)。磨崖仏・星見・歴史小説創作については、本館のHPを見て下され。

他の任務:東洋的リバアタリアニズムの確立。
       日本まんなか共和国 勝手に観光大使

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現場の一技術者として
現場の一技術者として、みなさんへ質問です。
三洋電機が30年前に製造した扇風機が発火した件に関連して、

完全に寿命に至った製品に対しても、生活上安全に寿命を終わらせるために、
今後どのような対処方が望ましいでしょうか。

正直、私には判らないのです。

お客先へ提供するべきは、製品そのものではなく、機能でしょうね。
しかし現実として、製品という形あるもので機能を達成する、という手段をとっている以上、「形あるものは全て壊れる」という、少なくとも地球上での掟に逆らえず、こういう事件へ最後には至ってしまいます。
その限界を超えられる工夫こそが、物質文明の行き詰まりを突破する鍵になると予感するのですが……
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テーマ:経済ニュース - ジャンル:ニュース

この記事に対するコメント
教科書どおりの回答だと
深刻なインシデントを起こさない部品から壊れていくように作ればいいじゃんって話なんでしょうが…

クルマやバイクだと、30年物の旧車に、ろくなメンテもせずに乗って壊したら、笑われるか軽蔑されるであろうことを考えるとちょっと複雑です。

買ってからほぼノーメンテのケンメリとかゼッツーなんて想像もつかないなぁ…
【2007/08/25 03:29】 URL | オケアン #- [ 編集]


ん、それしかない
【2007/08/26 21:32】 URL | SAKAKI #- [ 編集]

はじめまして
しばらく前から拝見させていただいていましたが、コメントさせてもらうのは初めてですね。単純なようで奥の深い問いにどうしてもコメントしたくなりました。これを機にお付き合いさせていただければと思います。

この問いを読んで連想したのは、いわゆるゴミ問題です。まあ、これはごく当たり前の連想でしょうが、ゴミがゴミとして処分される動機は、それが「無価値」である、と見做されてしまうからですよね。
機能を求めて製造された製品が寿命を迎える。これは自然界のルールでもありますから、致し方ない。人間の作為では越えようのない問題です。しかし一方で、自然界のルールには「無価値」というような事態はありえません。どのようなものも何らかの形で生かされる。自然界にゴミなんてものは存在しないわけです。

デルタさんの問いに俄かに答えるなどとてもできることではありませんが、思考を重ねるひとつの方向性として私に示すことが出来ることがあるとすれば、「自然界に見習え」ということです。つまりは、求められた機能が全く停止しても「無価値」とは見做さない、何らかの価値が残存すると見做す。そうした基準をつくるということだと思います。
【2007/08/27 16:27】 URL | 愚樵 #- [ 編集]

そういえば
今年3月に、廃線となった鹿島鉄道の、旧型車両に乗ったけれど、
http://hosiakari.blog34.fc2.com/blog-entry-294.html#more
そこにも当たり前のように、扇風機がついてました。
別に異常はなかったと思います……。このあたりが、メンテのありなしの違いなのでしょうね。

>オケアンさん、SAKAKIさん
深刻なインシデントを起こさない部品から壊れていくように作ればいいじゃん
ま、定量的リスク評価の発展形で、こういう設計ルールを確立していくことはできると思ってますが、実際のところ、使用環境も予測しきれない状況では……
扇風機の例だと、直射日光が強く当たるところでは、多分羽根(プラスチック)の劣化で、脆くなるのが一番先に来るでしょうし、かといってステンレスで作ると高価……だけどなんかかっこいいぞ!
……えっと、脱線しました(平伏)

愚樵さん
はじめまして。私の方こそ、結構長く見させて頂いてましたが(以下同文)、
今後ともよろしくお願いします。
>「自然界に見習え」
うーむ、難しい提起をいただき……(平伏&苦笑)
製造業にとっての「リバースモード」とでもいえばいいのでしょうか、解体ー>リサイクルが、生態系のような、「有用性」「必然性」で結びつくことが不可能(今のところ)。それは、生物界でいうところの物質循環とちがって、物質を簡単に「産業界」へ補給できてしまうことに、起因していると思われます(もっといえば、それ自体が一つの産業になっている)
要は、石油をはじめとする一次産品の価格が安すぎる、という結論なのかもしれませんが(苦笑)

また、機能を増すという”進化”が、「軽・薄・短・小」の方向に行っているのが、生物界のありよう(その進化こそが、本来”理に適っている”自然なもののはずなのですが)と異なっていて、悩ましく思っているところです。
という訳でして、もう少し考えさせて下され
【2007/08/28 00:29】 URL | デルタ #JnoDGgPo [ 編集]


 食品に賞味期限があるように、製品にも使用期限を設けたらいかがでしょう?
 何年たったら使うのをやめてください、とかそこから先は自己責任でとか明記する。
 もしくは、自転車の点検や車検のように、使用期限を過ぎた製品は一定期間ごとに業者(メーカーでも街の電気屋でもいい)に検査をしてもらうとか。
 検査に関して高い費用は取れないだろうが、千円とか二千円ぐらいで二年毎とかにするなど。
 検査をしたら車検のようにシールを貼ってわかりやすくする。
 こんなんでどうですか?
【2007/08/29 02:58】 URL | 泡雲法師 #- [ 編集]

ああなつかしの「○○電気」のお店
泡雲法師さま
コメントありがとうございます。

>業者(メーカーでも街の電気屋でもいい)に検査
はひと昔前は、わりときっちり機能していましたよね。
チェーンショップというのだったでしょうか、
「あなたの町の○○電気のお店」というのが、ありましたよね。懐かしい~。
その店のオッチャンが、各家庭に入れている製品をそれとなく控えていて、老朽化の時期が来ると……、この場合には、「買い換えのお勧め」が多かった(あっと、これでは機能していない!!ー苦笑)
量販店で買うお客さんが多くなり、この種の機能を失った……というのが定説ですが、私はちょっと違うな、と思っています。
メンテナンスの要員をもち、お客先の製品を管理をする、という商法を徹底させるならば、むしろ、規模の大きなお店のほうが優位だからです。(要員の確保の点でも、ノウハウを貯めるという意味でも)
……製品が安くなりすぎた、だから買い換えの方が当たり前になった、それだけなのかもしれません。

>使用期限
これを表記する動きは、今後出てくると思います。
そこで、再度の問題なのですが、
「使用期限を過ぎての故障は自己責任」
とメーカが一方的に宣言する場合、
社会常識として、その期限がどの程度まで許されるものなのでしょうか?
【2007/08/30 00:48】 URL | デルタ #JnoDGgPo [ 編集]


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