ほしあかりをさがせ
山登り・サイクリング・星見・石仏探し 本命は何なのか、出たとこ勝負で行ってみましょう
プロフィール

Author:デルタ
三十才代、三重県在住の光関係の技術者です。
ネット上では、磨崖仏の研究家としてごく一部の人から認知されてる(らしい)。磨崖仏・星見・歴史小説創作については、本館のHPを見て下され。

他の任務:東洋的リバアタリアニズムの確立。
       日本まんなか共和国 勝手に観光大使

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延暦寺の焼き討ちは、なかった?のか(虚報のニュースから)
先週の金曜日、織田信長の比叡山焼き討ちに関連する、重要な発見があったと、報道各社から配信された。

比叡山延暦寺の”明王院”に1100年代に伐りだした木材が使ってあると判ったのだという。
いまのところ、延暦寺のほとんどのお堂は、信長の焼き討ちで焼失したとされているので、大発見だ(ひょっとして、信長の焼き討ちはなかったのかも)
。なんて調子に考えかけたが、

よく考えれば、この明王院、同じ大津市でも比叡山山中ではなく、
比良山の西の麓、

葛川地区の坊村という集落にあるお堂だ。
紛らわしいことに、比叡山山中の延暦寺のお堂で、”無動寺の明王堂”というのが別にある。そこも千日回峰の拠点……というのか本拠地なのだけど……なので、混同したのかもしれない。
けれど。
写真が載っているということは、記者さん取材しているんだよな。
なぜ、比叡山山中にないお堂を、比叡山焼き討ちと結びつけて記事にしたのだろう。
とんだ誤報です。
(と、とぼけてみたけれど、実は関連がある。戦国期には、比良山の山麓・山中にも天台系のお寺が点在していて、「比良三千坊」と呼ばれていた。それらも、信長が焼き討ちした、という伝承があるのだ)

報道の一例
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/natnews/topics/87241/

テーマ:歴史 - ジャンル:学問・文化・芸術

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