ほしあかりをさがせ
山登り・サイクリング・星見・石仏探し 本命は何なのか、出たとこ勝負で行ってみましょう
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デルタ

Author:デルタ
四十才代、三重北勢在住の技術者です。ちょっとだけ営業マンもしてました。
ネット上では、磨崖仏の研究家としてごく一部の人から認知されてる(らしい)。磨崖仏・星見・歴史小説創作については、本館のHPを見て下され。

他の任務:東洋的リバアタリアニズムの確立。
       日本まんなか共和国 勝手に観光大使

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用の美(ということは、不要なものは醜)
去る日曜日。名古屋へ買い物に出た。
駅前にある書店で前から気になっていた写真集を買った……
「工場萌え」
重厚長大産業の大きな工場の、煙突やらガスタンク、配管といったものを、「美しい」と称える写真集だ。
実際に、なまめかしく美しい。
正確にはこれらは建築物ではなく、美観やデザイン性を意識して作るものでない。ひたすら強度と機能性とメンテナンス性とを追求した結果として、
直線と円弧とを絶妙に組み合わせている。
そこに、太陽光による自らの陰が加わると、複雑な幾何模様が浮かび上がる。

そこに作為はなく、衒いもない。
かといって、民芸品の鑑賞にありがちな「見立て」もない。
民芸運動ですら達することのできなかった純粋な「用の美」をそこに映し出している。

午後6時。名古屋駅。
空に闇は広がっていても、大きなナトリウム灯がそこここを照らす、
夕暮れ時程度に十分な明るさのある空間に、これまたヘッドランプを点けてタクシーやバスが走る。
歩道で20人くらいがケイタイを取り出し、画像を撮ろうとしている。

駅ビルのイルミネーションを撮ろうとしているのだ。
街灯の明るさに負けないように、ということなのだろう、すさまじい数の(おそらく)LEDを並べ立て20m四方くらいの絵を浮かび上がらせている。
このようなものは、闇夜にあるからこそ映えるもの。
もっというなら、本物の星空に勝てるワケがない。

まさに、「何の役に立っているのだろう」

キレイ~と騒ぐ人々を背に、背中越しでつぶやいてみようか。
「要らないものは、要らないゆえに、醜い…」と。
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テーマ:環境・資源・エネルギー - ジャンル:政治・経済

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