ほしあかりをさがせ
山登り・サイクリング・星見・石仏探し 本命は何なのか、出たとこ勝負で行ってみましょう
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デルタ

Author:デルタ
四十才代、三重北勢在住の技術者です。ちょっとだけ営業マンもしてました。
ネット上では、磨崖仏の研究家としてごく一部の人から認知されてる(らしい)。磨崖仏・星見・歴史小説創作については、本館のHPを見て下され。

他の任務:東洋的リバアタリアニズムの確立。
       日本まんなか共和国 勝手に観光大使

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大聖寺という町(磨崖仏調査こぼれ話石川編その2)
今は加賀市の一部になっている小さな城下町、加賀国の南端のこの町の名前を昔から知っていたけれど、今回、時間が半端に余ったのもあって立ち寄りました。
滋賀県と深い繋がりがあるのです。
江戸時代、琵琶湖上の水運で一・二を争う勢力だったのは、高島に本拠を置いた大聖寺藩(加賀藩の支藩)。それだけでも結構な因縁なのですが、幕末から明治初期に、汽船を作って民間航路として運用した仕掛け人が、この藩で執政の書役(秘書官)をしていたという石川という人だったのです。
……考えてみると、難儀な話です。この時代の日本で、しかも海とつながっていない場所に汽船を導入するというのは……。
いずれ歴史小説に仕立てたいので、その人の資料を市立図書館で漁ったのですが、昭和初期編の小冊子が一冊あっただけ。

詳しくは、またいずれ書きますが、
彼自身すぐ出来るだろう、と軽く値踏みして「(戊辰戦争前後の)我が藩の人員動員には必要不可欠だ」と鳥羽伏見の戦い前後に話をまとめ、長崎で蒸気機関を買い付け(ただし、陸上動力用!船用でない!!)、喜び勇んで大津に戻ったら、大津には蒸気機関に繋ぐ煙突だの金具だのを造れる鍛冶の職人が十分にいないと知り、大あわてして蒸気機関を神戸に送り、大阪から鍛冶の職人を雇って、工場用地は神戸の近く(今の川崎重工の事業所の付近)を県知事にお願いして払い下げて貰って、一方大津では船体の工事も並行して始めて……

なんてやっているうちに戊辰戦争が終結し、藩兵をあちらこちらへと派遣することもなくなった。さて困った、というわけで、めでたく民間用のタグボートとしてデビューしたという。
このあたりの事情、やっと詳しいことを知りました。
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テーマ:歴史 - ジャンル:政治・経済

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