ほしあかりをさがせ
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デルタ

Author:デルタ
四十才代、三重北勢在住の技術者です。ちょっとだけ営業マンもしてました。
ネット上では、磨崖仏の研究家としてごく一部の人から認知されてる(らしい)。磨崖仏・星見・歴史小説創作については、本館のHPを見て下され。

他の任務:東洋的リバアタリアニズムの確立。
       日本まんなか共和国 勝手に観光大使

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バブル世代からゆとり世代の人たちへ
ちょっと日が経ってしまいましたが、ゆとり世代への文科相のこのコメント

以下引用
「ゆとり教育世代を一くくりにとらえないで」…。現行学習指導要領で学んだ「ゆとり世代」がインターネット上の掲示板などで低学力の代名詞として扱われていることをめぐって、渡海紀三朗文部科学相は15日、閣議後の会見で反論。「そう見る必要は全然ない。一つの世代を一元的にとらえることはなかなかできない」と強調した。
 「ゆとり教育」と呼ばれる現行学習指導要領は小中学校で平成14年度、高校で15年度から始まった。新成人は高校3年間すべてを現指導要領で学んだ初めての世代とされる。


冷静に考えればその通りなわけでして、渡海サンてわりと常識的。沖縄の集団自決に関する教科書問題でも、柔軟な見解を早い段階から出していたし。

さて。
「ゆとり教育世代」というのは、この世に溢れる「世代論」で分類される「世代」同士を比較すると少数派になる。血液型性格判断でAB型がケチョンケチョンに書かれるのと同じ現象が、「コイツら無能や」との評価の誘因になっていないだろうか。
私らの世代(66年~69年生まれ)は、「バブル世代」と名付けられて、「人材の不良債権」等々さんざんな書かれ方しているけれど、人口構成でいうとクビレにあたっていて極端な少数派でもあるのだ。

少数派世代からは、必然的に反論が少ない
と思って、面白おかしく書いているだけなんだろうな(怒)

(ちなみに私自身は、修士課程へ進んだため、バブル崩壊直後に就職活動している。このことからも、世代論の馬鹿馬鹿しさがわかろうというモノだ。世代論を語るならば、もっと長い-例えば10年くらいのスパンで見ないと、生活経験の個人差による「ノイズ」の方が大きく出てくるのでないだろうか)


ゆとり教育は、知識の教育から脱却していく、その実験過程だった。主にUSAでの教育手法の研究がすーごく進んだここ10年くらいの成果を、遅ればせながら取り入れようとしていたのだ(例えば、「エデュテイメント」などの概念もその一部だ)。

だがそんなことは教育関係者以外にはわからない。学習=知識と技法の習得という教育法に馴染みすぎた旧世代(私も含めて)には、それらの新しい教育法が、「遊んでいる」ように見えてしまう。
言い換えると、それくらい革命的な教育手法の転換があったとも言えるわけで、
やむを得ないことだけど。

知識の教育?
約1/4世紀前に義務教育を終えた私などは、ロシアや東欧・大陸中国について地理の時間に教えてもらったことが、いまや全然役立たなくなっている。
 -コルフォーズ・ソフフォーズ・人民公社・ユーロコミュニズム……、
   今やどれも死語です
知識は、常に新しくしていくことですわぃ。
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テーマ:教育問題 - ジャンル:政治・経済

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