ほしあかりをさがせ
山登り・サイクリング・星見・石仏探し 本命は何なのか、出たとこ勝負で行ってみましょう
プロフィール

Author:デルタ
三十才代、三重県在住の光関係の技術者です。
ネット上では、磨崖仏の研究家としてごく一部の人から認知されてる(らしい)。磨崖仏・星見・歴史小説創作については、本館のHPを見て下され。

他の任務:東洋的リバアタリアニズムの確立。
       日本まんなか共和国 勝手に観光大使

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

友達申請フォーム

この人と友達になる

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

Powered By FC2ブログ

Powered By FC2ブログ
ブログやるならFC2ブログ

意見を言ってもイケナイし、商品と見なしてもイケナイ
日本の株式会社の区分所有者……早い話が株主ですが、
一方で、意見をいってもイケナイと言われ、
他方で、単なる金融商品と見なしてもイケナイと言われ、

じゃーどうしてほしいわけ、私たちに!!
とぼやく訳でございます。

そうおっしゃっているのは、霞ヶ関のお歴々。
運輸官僚は、「空港の外資買収からの防衛」の論拠として、
「国際空港の運営に、外資の意志が加わると、国益に反する」
国益……デター、昨今流行のオマジナイ。国益と書いて、普通「圧力団体の権益」と読む秋の夕暮れ。
ま、その国益というのが、安全保障上の問題なんて言い出すから、余計冷や汗が出るのですけど。−−考えても見て下さいよ。安全保障上の問題が心配される、なんて事態になったら、貿易立国の島国のこの国……いや「社会」全体が危機ですよ。民間の国際空港の一つや二つが非協力であっても、事態が暗転することはありえません。というより、戦争中の加工貿易立国の国に、何の用があって人が行き来するのか、戦争という信用不安に陥った社会へ今まで通りに空輸の交易を期待するでしょうか。……なんかピンぼけなんだよな〜。
それはともかくとして、まあ、よろしい。
優秀な霞ヶ関官僚のお歴々と、冷徹な経営者の皆様に十全の信頼を置いて、会社というものが永遠に適切な利益を生み続けると信じましょう。……それはいいかえれば、定期的な時価アップと配当金の支払を期待して、国債でも買う気分で買うことにいたします。
どうせ、私たちは、人を動かすことも満足にできない愚昧な小金持ちでしかないのですからね。

そう諦念したところに、今度は、経産省の次官が、日本の企業買収を牽制する文脈で、こんなことをいわはりました。

「デイトレーダーは最も堕落した株主だ」
確かに、堕落してはいますよね。けれど、それはむしろ、持ち主に意見を持って欲しくない、と問答無用の拒絶反応を示した、株式の堕落でもあったはずです。株も株主も、このニホンという空間において、一緒に煉獄へと堕ちたのです。

商品としても見なしてくれるな、
「会社とは社会的に崇高な存在なのだぞ」、
ヒカエオロー、コノモンドコロガ、メニハイラヌカ!

さすがは、財界の指揮者と自認する経済官僚のトップだと思います。その誇り高さは、天晴れ。

しかし、です。こう考えてみませんか。
企業は株式公開前には、同志のお金を募り、事業を企てるために作ります。その金銭的な責任(義務というべき?)を顕かにするために、証券を発行する、それが「株式」です。そこには、上記の次官サンが期待されるような、熱意のある「崇高な企業」以外は現れ得ません。
しかし、今問題にしているのは、株式を公開した会社ばかりなのです。
公開、公に向かって経営を開くというのはどういうことをいうのでしょうか。
広い意味でアウトサイダーとの遭遇を期待しているのでないでしょうか。


人類学でいうところの、トライバル社会から都市社会へと、株式を旅立たせているわけなのです。人類学でもよく言われるように、アウトサイダーを受け入れることにより、その企業は思考の多様性を獲得し、多角的な交流へ足がかりを作るわけです。
そのアウトサイダーとしては、わかりやすい例としては、敵対者があります。しかし、敵対者は、同じゲームのルールを共有するひとたちです。敵対的買収をかけるファンドも、−方法の違いはあれ−企業の発展を前提にしています(正確には、「その企業が発展する潜在能力を世の中へ認めさせる」という目標を持っています)。企業の発展がないままだと、騒動を起こして買収をかけたのが報われません。
その意味で、企業経営者と同じ価値基準に基づいています。価値観が異なるだけで。
しかし、アウトサイダーには、もう一種類あることにお気づきでしょうか。
価値基準自体がまったく異なる人たちです。社会で喩えると、旅人とか、通りがかりの余所の人、がそれにあたります(といっても水戸黄門ではない)。
今回の例でいうと、デイトレーダーがそれ。
デイトレーダーは、株を企業の一部と見ずに、金融商品と見なしています。そこには、経営者とまったく交わることのない、ねじれの位置の関係の価値基準があるだけなのです。
……つまり、「企業価値をどうこうしたい」という、企業の実在的側面(爆)に興味がない人々なのです。
旅人が、コミュニティーの意志決定にそもそも関わろうとするでしょうか。通りがかりの余所の人は、宿を借りる以上のことをするでしょうか。
デイトレーダーがいるから、浮動株が増えるのでなくて、
浮動株が大量にあるから、デイトレーダーも発生する、それだけのことです。

そして、ルール自体からの外部者であるデイトレーダーが、経営者に反対する第一の種類のアウトサイダーへばかり株を売る、といえるでしょうか。

アウトサイダーへの疑心暗鬼はわかります。
しかし、21世紀のこの世の中で、魔女狩りをはじめては、それこそ、「馬鹿で移り気で無責任」の誹りを受けることになるでしょう。

アウトサイダーとの、うまいつきあい方を模索し確立していく
それこそが、立憲主義の、あるいは市場主義の、真のネウチなのをぜひともおわすれなきよう、
老獪もとい優秀な官僚の皆様と、怜悧な経営者の皆様へ訴えたいところです。

テーマ:新自由主義 - ジャンル:政治・経済

この記事に対するコメント

この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック
トラックバックURL
→http://hosiakari.blog34.fc2.com/tb.php/454-5c8fb707
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)