ほしあかりをさがせ
山登り・サイクリング・星見・石仏探し 本命は何なのか、出たとこ勝負で行ってみましょう
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デルタ

Author:デルタ
四十才代、三重北勢在住の技術者です。ちょっとだけ営業マンもしてました。
ネット上では、磨崖仏の研究家としてごく一部の人から認知されてる(らしい)。磨崖仏・星見・歴史小説創作については、本館のHPを見て下され。

他の任務:東洋的リバアタリアニズムの確立。
       日本まんなか共和国 勝手に観光大使

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出国の日
大阪南港にある国際フェリーターミナル、そう聞くと大きな建物で小粋なコーヒーショップやら、場合によっては免税店でも入っているような、そう成田空港を小さくしたような施設と勘違いしてしまう。実態は、発券窓口のカウンターが2つ(乗り入れているフェリー会社が2社なので)、待合コーナーというわけで椅子が20脚(そのうち1脚は壊れている)、それに飲み物の自販機が1台、1階にあるのはこれだけで、上階には事務所と展望室(3階)があるだけの、殺風景な施設だ。
パンスターフェリーの発券(クーポンとの引換え)が13時、乗船が14:30からとあるから、12:30くらいから乗船する人たちがやってくる。時間が時間だから食事をフェローターミナルで、と思ってくるのも人情で、現に私もそうだった。時刻のせいか、あたりに係の人もいない。ちょうど自販機へ飲み物の缶を搬入していた業者の人に聞いたら、「コンビニに行くくらいしかないでしょうね……」……そう、あたりは倉庫とオフィスのみ、しかも今日は祝日なのだ。
フェリーターミナルがこのようにこじんまりしているのに比べ、これから乗る船と積み込み待ちになっている貨物の量とがすさまじい。
船は6階建てのビルに相当する高さ、そして長さ150mを越える巨体を岸壁に横付けている。その右前方の扉を開けて、貨物のコンテナを次々に搬入している。

パンスターサニー号


我々乗客はせいぜい600人。ひとり約2万円を支払うだけのお客だ(客室のクラスで多少差があるけれど)。フェリー会社からすれば貨物の方が主、旅客は従、そういう感覚になることだろう。
乗船の時間が近づく。その600人の”ついでの”お客(自虐)が発券のために窓口に列を作る。それに対応する係の人が2人だけ。しかも手荷物の受付も同時にやるから、発券待ちで数十人の列となるのに時間はかからなかった。
……手荷物がこれまたすさまじいのだ。在日韓国籍の人たちが里帰りに持っていく親戚への手土産が主なのだが、手押し台車の上に段ボール箱が山積みされ並んでいる。段ボールのラベルから海産物(乾物)などが多いと思うけれど、それ以上に目についたのは、紙おむつ。ひとり当たり4カートン5カートンといった単位で移出しようとしている。屋外ではその手土産をコンテナへ詰め込んでいるのだけど、紙おむつだけで2台の貨物コンテナがいっぱいになってしまった……。紙おむつを貨物コンテナへ積み込むだけで、屈強な男性が3人汗だくになっている様を見ると、「手みやげ」の言葉で表せる牧歌的な雰囲気を越えていると感じた。……日韓の「濃い」関係をいやでも感じてしまう。
それにしても。これから行く韓国にしても大した工業国。紙おむつくらい作る技術を持っているだろうし、万一自前の技術がなくても、日本からライセンスを得さえすれば大量生産する資力も設備も生産技術もあるだろうに。日本(舶来)製品への憧れもあるだろうけど、私には異様な光景だった。
出国。税関の方は、「人数を捌く方が先だよ」といわんばかりで、旅券の記事欄をスキャナでとって出国スタンプを押す、それだけで”作業”を終えてしまう。旅券を差し出した私の顔すら見ていたかどうか……。たしかに、それどころでない人数が殺到しているのだが。

私は、例によって2等船室のお客。船会社さんは「スタンダート」と表記しているけれど、4人で1コーナーを占める蚕棚の「船室」には違いない。ただ、うれしいことに、ひとりひとりの寝台にはカーテンが取り付けてあるし、4人分のコーナーも独立した部屋になっていて入口をカーテンを取り付けている。何より、ベッドが大きすぎず小さすぎず、硬すぎず柔らかすぎず、なるほど「スタンダード」な快適さを保証してくれている様子。快適そうなのはいいとして、その「船室」がどこにあるのかが、わからない。何しろこのフロアだけで60くらい船室があるのだ。先に自室へたどりつき荷物をおいて甲板へ出ようする私は、「548(o-sa-pal;韓国語読み)……」などと船室番号をつぶやく人たちの案内をすることになる(このあたり、人を放っておけない性格が出る)。

ようやくデッキに出た。出港まであと30分ほど。カンカン照りで記録的な暑さだけど、次に日本の土を踏むのは7日後。しかも初の海外なのだから、少しくらい感傷に浸らせてほしい。……実際このフェリーターミナルに居る時点ですでに不安になってきたのだ。在日の方たちどうしで話している韓国語がまるっきり聞き取れないということに(予測できたことだったが)。
地元のFM局の放送をイヤホンで聴く。祝日の特別番組ということで、80~90年代の曲のリクエスト番組をやっていた。(この頃は、ここから10kmくらいのところに住んでいて、学生だったんだよな)などとこれまた感傷の種だけど、気分としては、それなりにいい。
いつのまにか船が動き出した。出航作業が佐渡の航路などに比べて非常に静かで、景色が動き出してはじめて気付いたくらい。さすが2万トン超の船は違う、と感心していたら、ラジオで次の曲に移った。
I don't know Babeの曲、と書いて何人の方が思い出してくれるだろう。バブル期独特のHappyさと破壊力のある女の子2人組の曲。彼女たちと同世代の私、うわー懐かしいと涙すら出てきた。
いい景気つけだよ、クロマティに似ている方と似ていない方のお二人さん、ありがとね(※)
(※Babeのふたりのうちのひとりが当時巨人でプレーしていたクロマティに似ているというので、深夜ラジオで格好のネタにされていた。女子アイドルに「プロ野球の現役助っ人選手に顔が似ている」などとはアリエナイ喩えだけど、本人たちまでが公言していたのが、このふたりの型破りなところだった……)

出国とはいってみたものの、
夜明けまでは瀬戸内をのんびりクルーズする、というのがこのフェリーの売り文句だったりする。橋の下と間もなく通ります、なんて船内放送(韓・日・英の三言語)で案内してくれるくらいだ。

実際に楽しいもので、私もずーっとデッキに出ていた。
まずは、明石海峡大橋。ブリッジの上についたレーダーのアンテナが、橋げた下部のギリギリを通過する。下から見ているとあたるのでないか、と思うほどだった。吊り橋を真下から見るなんてそうある機会でない。というわけで、写真を撮る。
明石大橋

明石大橋真下から

このあと、展望浴場(4階)で湯浴みし、最上階にあるコンビニでお菓子(オリオン社のセサミクラッカーW1000。なかなかおいしくて、このあと在韓中に計3箱も買った。ただしこのときは円支払))と牛乳とを買って、
……やっと夕暮れ。まだ、岡山の家島沖あたりに船は居るようだった。
sunset-iesima_025.jpg

食堂には、団体さんから先に案内されているようだ。韓国語だけで「○○高等学校の方は食堂へ」という案内があったりするのを聞きつつ、そろそろ肌寒くなったので、ロビーへ引き上げる。
その団体さんの食事も30分ほどで済み、一般客に「食堂をご利用ください」と放送が入る。ただ、2割くらいの人しか利用する気配がない。大方のひとは船内のコンビニでカップラーメンやらビーフジャーキーやらアルコールやらを買って(確かにこれらが異様な量で陳列してあった)、船室やロビーやらで小宴をはじめているのだろう。ともかく、うどん定食を食する。800円、量が少ないのに少し不満だが、味はなかなか。
瀬戸大橋の通過のころには、夜も更けて20:30頃。坂出あたりのコンビナートやドッグを遠景に、瀬戸大橋の電飾、そしてびっくりしたのが、フェリー船体を照らす照明で、青、オレンジ、緑とあでやかに照らしている。
瀬戸大橋夜景

さすがクルーズと謳うだけある。
しまなみ海道の橋をくぐるのは深夜になるよな……、さすがにこれは諦め、23時前に就寝。
……「出国」から9時間余り。まだ日本領海内、思った以上に日本は広い(苦笑)
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