ほしあかりをさがせ
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デルタ

Author:デルタ
四十才代、三重北勢在住の技術者です。ちょっとだけ営業マンもしてました。
ネット上では、磨崖仏の研究家としてごく一部の人から認知されてる(らしい)。磨崖仏・星見・歴史小説創作については、本館のHPを見て下され。

他の任務:東洋的リバアタリアニズムの確立。
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映画「光州 5・18」を見て
名古屋まで行き見たかいがあった映画でした。上映が終わっても1分くらい立てず、財布を映画館を落としたのに気付かなかったくらい、心うたれました。(財布は無事手元に戻りましたので、ご心配なく)

つい20日ほど前、このGwangjuでも1泊し、その朝Gyeongju駅から高速バスターミナルまで散歩しています。バスターミナルの向かいにKia自動車の本社ビルがあり、川沿いには繊維会社の大きな工場があり(ただし操業していないのかも。空き地にアウトレットのお店が出来ていました)、バスターミナルにはKumho高速(高速バスの会社)の歴史を示した大きなパネル展示があるという産業都市で、街の光景といえば、仙台に似た空の広い印象が残っています。
とはいえ、Gwangju-Cheon(光州川)沿いの大通りには、自転車屋さんなどが並ぶ昔ながらの商店街もあり、根っからの光州ッ子も暮らしている、その息づかいも感じられました。
その根っからの光州ッ子に残る深い傷、それが、ここに描かれた「光州事件」です。

1980年、当時私は小学校五年だったけれど、鮮明に覚えています。
情報封鎖されていたとはいえ、日本だからこそ、ある程度は伝えられていたわけでしょう。映画の中で出てくる、「USAの新聞に載った韓国発外電の写真」を当時……何日あるいは何ヶ月か後の新聞で見たのを、映画の途中で思い出しましたし。
しかし、限界も当然ありました。
「全斗煥(ゼントカンと読んだほうが、当時をよりビビッドに思い出せる)が軍の全権を掌握したのに乗じ、大統領職を狙っている。そんなミエミエな”クーデター”を目前にして、大学生たちがデモを繰り返している」
「そのデモのうちの一つ、光州でデモ隊に正規軍が発砲し、かなりの死傷者が出ている」
……この程度とはいえ、当時でも日本の新聞には書いてありました。が、やはり全体像が不透明で、薄気味悪かったものです。
私の父親くらいの年齢になると、この事件(「金大中事件」なども含めてかも知れないが)の印象が強いために、今なお韓国に対するある種の恐怖心を持っているようで、
韓国をめぐっている最中の私に、メールして曰く「スパイと間違えられたら、助からないぞ」「警察も信用できないからな」等々。心配でしかたなかったらしい。
一方で、韓国の人々にも、これらの事件による傷が深いために、自ら語り誤解を解くこともできそうになかった。

少し話が逸れたが……。

幸い、今、その時期となったのだろう。
当時の大学生が、今や50歳前後
当時の小学生が、映画監督として製作・指揮できるようにもなった。
そして、この事件を実感できない若い世代も増えても来た……。
語るべき時が来たのだろう。

とすると、どう語るべきなのか。
正史の史伝を語るように、事実を追えば、それでいいのかも知れない。韓国の民主化の流れを追うためには、俯瞰的に捉えたほうがいいとも言えるだろう。
しかし、この映画では、地道に「生活の中での事件」を描こうとしている。
 --医師・看護士たちは、殴打や銃撃にあったデモ参加者・通行人を、血まみれの白衣を着ながらも手術している
 --占拠した道庁には、弔旗が掲げられる
 --蜂起民は、なごやかながらも、高揚感と恐怖とに極度の緊張を強いられている
 --流れ者が、蜂起に加わる。彼は情報封鎖の中で、近隣の街に住む母親に何も伝えられないまま、決死戦の前夜を迎える。

現実感・生活感のあるこれらの描写を通し、「軍政の怖ろしさ」「それを乗り越える困難さ」が伝わった。そして、あえて「正義」のありかを語ろうとしない。

ここまでしたのには、「歴史」がリアリティを失いつつある、という壁を意識したためなのだろう。
ヒロシマ・ナガサキにしても、同じ壁があった。その壁を突き破るために、ナガサキに関していえば、1988年だったろうか、「Tomorrow」という映画が作られた。投下前日の人々の暮らしを描くことで、戦争を続けられそうにない国・街への、「追い打ち」が持つ意味合いを、明示できた。
(描き方のタッチは、Tomorrow とこの映画とがもの凄く似ている)

去年2月に公開の「あなたになら言える秘密のこと」も同じように、その壁を越えようとしている。

韓国の民主化を語り継ぐ……そのために、これらの映画と同じような突破口になることだろう。

もっとも、韓国の場合、もうすでにこの壁は「突き抜けている」のかもしれないな。
一昨年秋の「Gwemul」で、集団葬のシーンがあった。大きな体育館に棺と遺影が並べられたあの光景は、この光州事件での集団葬をイメージ(パロディー)しているように、どうも思われるのだ……。

更に追記。
いままで、韓国の映画を10本くらい見たけれど、一番コトバを聞き取り易かった。役者さんたちのレベルが平均的に高く、滑舌がよかったからだと思う。
語学の勉強にも、いい作品だと思います。
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