非常に憂鬱になりつつも、 こう宣言しないといけない。 「原発産業はもはや斜陽である」と。
三箇所の原発の点検時に、18歳未満の人計6人が、放射線管理区域内での作業をしていたとの届け出があったとのこと。 これ自体は、形式的犯罪とも言えるし、会社側からしかるべき機関へ届けているわけで、酷い話ではない。
問題は、これだけ失業率が高い環境下でも、年齢偽称させなければ作業員の人を集められなかったことだろう。 ついにここまで来たか、と感じるのだ。
私が出た学科には、放射線計測学や、核物理、あるいは高温プラズマ工学の講座があって、実は原発関係の職場への求人があった。というのに、専攻していた人を含め、そちら方面へ就職する人は、前後3年くらいいなかった。 「国が一生懸命やっているけれど、こんなアブナイもの産業として持たないよ」 と恐れをなして、就職しなかったのだ。 このあたりは、かつていくつかあった原子炉工学科で、さらに顕著だったという。 20年くらい前から、業界へ就職する人がほとんどなくなり、 ついで、原子炉工学を専攻する学生さんも減り、やがて、日本国内のこの種の学科は、全面改組されたはずである。
専攻していた学生にさえ、就職先として敬遠される この姿は、斜陽産業と呼ぶのにふさわしいだろう。
そうして、原子炉のことをよくわかっていない、若い一見さんの労働者に現場が占められるようになってきたものと考えられる。 炉内での作業は、労働というより、「時間の切り売り」である。その非人間性は、かつて内橋克人サンが告発されていたものである(1980年代、1986.9.15『原発への警鐘』(講談社文庫)など)。そこには、下請構造と法律と地域社会の排他性により、産業構造に組み込まれた「使い捨ての原発労働者」の姿が告発されていた。 内橋さんをはじめとして、「格差社会」を告発する人たちに、この際、お願いしたい。
多層的な下請構造に象徴される、「格差社会」は高度経済成長期からすでに、この国の少なくとも原発産業において確固として存在していたのだ。当局から業界からそして世論から「必要悪」と目をつぶられながら。 この種の日本的もたれ合いの構造や村八分的な発想を打破することではじめて、「格差」が少なくとも法律上無くすことができるのでないのか。 ……あなたがたのしようとされていることは、下級の階層を無くすことではなく、その階層を温存しつつできるだけ少ない人数にとどめようとしているだけに過ぎないのでないか。
それでは、永遠に格差は無くなることがない テーマ:ワーキングプア(働く貧困層) - ジャンル:政治・経済
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