ほしあかりをさがせ
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デルタ

Author:デルタ
四十才代、三重北勢在住の技術者です。ちょっとだけ営業マンもしてました。
ネット上では、磨崖仏の研究家としてごく一部の人から認知されてる(らしい)。磨崖仏・星見・歴史小説創作については、本館のHPを見て下され。

他の任務:東洋的リバアタリアニズムの確立。
       日本まんなか共和国 勝手に観光大使

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2つの合理性
経済合理性、という言葉を説明もなく使うと、こんなニュアンスに映るだろうか。
「ある経済的な目的を一定期間の間に達するために、もっとも労力とコストとを小さくするように、手段を合理的に選択する。そんな風にして、人は経済活動を行っている」。
このように書くと、確かにドグマっぽく、また実態に合わないかもしれない。現にこのモデルに対する批判でもっともよく見るのは、「人間はそこまで合理的に行動できない」というものだ。
この強力な批判に押され、経済合理性で市場での行動原理を説明しようとする我々市場原理主義派は、「原理主義」と揶揄されるわけだろう(ドグマにしがみついているように見えるから)
しかし、経済合理主義というものは、そんなに狭い概念だろうかとわたしは疑いを持ち始めた。
現象論的に、「やがては、合理的な状態へ市場価格が落ち着く」という事実は、間違いなくあるというのに、それを人間個人の行動原理に投影して済まそうとするから間違うのでないだろうか。
市場の状態(価格など)が合理的と判断するのは、ある特定の個人ではない。人間にそういう能力が備わっていない、というのは、例えばライブドアや古い例では光通信の株価を説明できないのに買いあさった多くの人々を見れば明らかだ。
とすると、誰が「合理的な状態」と判断するのか。わたしは、「まだその取引に関わっていない不特定多数の人々」と考えた。そういう人は、市場価格と得られる便益とを、冷静に秤に掛ける。そして納得できるまで、「どうして価格とサービスとのバランスがそのような状態になるのか」と説明を求めることだろう。……いわゆる”値切り”もその行為の一種だ。
このとき、売り主には2つ選択肢がある。
明細を明かさずに信用だけで売ろうとするもの(「わたしを信じられませんか」と殺し文句を吐く)
明細をあかし、「どなたに対しても同じ条件を出させていただいとります」と明言するものと。
どちらも、市場ではあり得る態度だけど、さてあなたはどちらの売り主から買うだろうか。普通後者から買うことだろう。
つまり、今の価格が合理的であることを「価格を提示した人の側から説明する責任がある」ということだ。この時に、納得を得る条件としては、次のようなものが上がってくるのでないだろうか。
 (1)売り手の取り分(利潤)が適正であるか
 (2)売り物が合理的な入手方法や加工方法であるかどうか
 (3)違法行為などが原因になり、追加の金を払うあるいは売買自体が無効になることがないか

上のような条件を満たすことを、価格を提示した側が不特定多数の取引相手に、いつでも理路整然と証明できるように準備するように、市場で求められる、
このような、取引前の準備が集合することによって、市場の合理性が確保できるのだ、とわたしは考えるのだ。

とするとどうだろうか。
市場原理が違ったものに見えてこないだろうか。不特定多数の人が関わる以上、不正も行いにくくなる、買い叩きも構造的には起きにくくなる、
そして何より、より多くの人が、その市場を信頼して参加するようになる。網野先生の理論を持ち出すまでもなく、市場というのは、”公”の場所なのであり、シガラミを一度排して神に供物として差し出した品物に、公正な価格をつけていく、という場所であったはずだ。
というのに、それが現実には守られていない。

現在、特に日本の市場が信用されない理由というのは、
この種の公開度が低いために、市場メカニズムに公共性があるように見えないからでないだろうか。金持ちどもが勝手な価格形成をしている……云々という批判は、結局、取引の情報をバラマくのではなく、関係者する2者の間でその時々の都合に合わせて”手渡し”的に決まっていくことの不満に起因していることになる。
あるいはボスや官庁の都合で”問答無用に”価格を設定される。
もっと甚だしい例を出せば、同一の市場に参加させてもらえないように、法律・慣習でブロックされている例さえある(正規/非正規の雇用市場の差)

と書き出すと、わたしのいう経済合理主義が、それらの闇を払うための武器になることを理解いただけると、わたしは信じる。
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テーマ:経済 - ジャンル:政治・経済

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