ほしあかりをさがせ
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デルタ

Author:デルタ
四十才代、三重北勢在住の技術者です。ちょっとだけ営業マンもしてました。
ネット上では、磨崖仏の研究家としてごく一部の人から認知されてる(らしい)。磨崖仏・星見・歴史小説創作については、本館のHPを見て下され。

他の任務:東洋的リバアタリアニズムの確立。
       日本まんなか共和国 勝手に観光大使

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肩をいからすアトラス その1(関岡英之著「拒否できない日本」を読んで)
 正直な感想をいうと、建築界、金融界、法曹界などに身を置いた一部の人たちのエリート主義が鼻につく本だ。
「俺たちエリートはこんなに勉強し努力しているのに、政府がバカで無策だから、世界的に見て競争に不利な状況に置かれている。即ち日本の国益を殺いでいる」
要約すると、それだけの主張に新書一冊を費やしている。読んでいて疲れた。
(あーなるほど~、あんたさん方の利益が、国益そのもんなんですな~。
  なんとまあ、お志のお高いこと!! ……以上、京なまりで読んでください-爆)

<仕様規格と性能規格……産業規格の思想>
 日本の耐震建築の仕様が優れているのに(これは事実だろう)、性能を規格に定めるように、国際的な基準に合わせて変更した、とのこと。これを国益に反する、とやり玉に挙げている。
 馬鹿馬鹿しい。エンドユーザーにとって必要なのは1にも2にも性能だ。にもかかわらず、特定の工法にこだわるのはエンジニアの姿勢として非合理的だし、単なるエンジニアやメーカの都合をユーザーへ押しつける大名商売につながる。
これは20年近く問題視されている日本産業の悪弊で、最近ようやく電機業界を中心に、見直しの動きが定着している。(……VEの概念など)
……もっとも日本の消費者の雰囲気にもオカシなところがあって、そのものの性能ではなくどんな技術や材料を使ったか、にだけ注目する極端な「技術至上主義」があることも、歪みの原因ではあるだろうが。

 工業規格でまず定められるのは「要求される性能」なのであり、性能規格を満たすことができる仕様・工法は、その下位で列挙されているだけにすぎない。性能規格を満たす仕様や工法が案出されれば、規格の中に追加されていくだけのことだ(JISはそういう思想で作ってある)。建築の世界の規格で要求される性能を定義していないとすると、むしろ工業の規格として異端だし「不備のある規格」といってもいい(そんなことになっていないと私は信じるけれど)

それにしても、この変更を著者は「国益を損なった」と表現する。仕様の決め方を変更したことが、なぜ「不利益」につながるか(そう連想できるか)
 ……実は、この点に「仕様規格」の問題点がある。
つまり、仕様(この場合では、工法)を知的財産として独占している者、ライセンス供与を受けているもの以外を、日本から閉め出すことが自動的にできてしまうからである。つまり、性能として同格である工法を仮に持っている業者でも参入が許されない構造となっている……、しかもあろうことか、法的拘束力を持って閉め出している。
ここまで触れて、あなたは業界的な腐敗を感じないだろうか。
「どうして、規格にその工法が採用されているのか?そのプロセスは公正なのか?」
と。

以上のような産業界のありようを、1エンジニアとして私は大いに恥じる。そして先人に対し申し訳ないと思う。
日本の防災建築の草分けとなった建築家、横河民輔サンをご存知だろうか。
彼は、米国に2年留学(三井からの出張)し、重量鉄骨の工法を完成させて帰国後にそれを実用化させた。けれど、鉄筋コンクリート(RC)工法がより性能上優れていると知ると、ためらいなくRC工法を推進する側に回り、これまた実用化させている。
まさに、仕様にこだわらず性能にこだわった先人のいい例だ。

さらに面白いことに、彼は「日本独自の」ということにもまったくこだわらない。
西洋建築の模倣から脱皮しようとしていた明治の中頃、伊東忠太サンあたりを中心に「日本の建築スタイルとはどうあるべきなのだろう」と論争となり、今でいうパネルディスカッションが造家学会によって開催された(明25)。
そのとき、伊東サンが東洋の美術の必然性(美術は風土を”代表”している)と主張したのに、横河サンが反駁していったという。
「美術は世界同有共楽のもので御座ります」
よって「日本の<スタイル>がなければならない、というものでもない」と結論している。

僕は、芸術に対する姿勢としては伊東サンの考え方や作品(特に築地本願寺、西本願寺教学研究所など)が好きだし”超”がつくほどに彼を尊敬しているけれども、現場の技術者の本分を考えると横河サンをあるべき姿だと確信する。そして横河サンの論理や作風の延長に、「工場萌え」に象徴されるような機能美が現れるとにも気付いている。

今、日本の産業界が勢いを失いつつあることは、この機能性そして機能性に基づいた世界的な普遍性がないことも一因であると、私は分析する。
携帯電話のメーカが、日本のスタイル・システムに特化しているゆえに、世界的なシェアを取れないことが象徴している。

以下 未完
今後議論する項目
<免許という参入障壁と、政府とのもたれ合い>
<日本のエリートの虚勢……肩をいからすアトラス>
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テーマ:報道・マスコミ - ジャンル:政治・経済

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全国500万人のハケン仲間よ、あなたは年間120万円以上ピンハネされています。この現実をどう思う?

毎日、約5千円~9千円ピンハネされている事が厚生労働省発表のデータから分かりました。 登録型では、1日当り15,577-10,571=5,006円 常用型では... 巨大派遣会社と戦うドンキホーテのブログ【2008/09/03 22:09】

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