ほしあかりをさがせ
山登り・サイクリング・星見・石仏探し 本命は何なのか、出たとこ勝負で行ってみましょう
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デルタ

Author:デルタ
四十才代、三重北勢在住の技術者です。ちょっとだけ営業マンもしてました。
ネット上では、磨崖仏の研究家としてごく一部の人から認知されてる(らしい)。磨崖仏・星見・歴史小説創作については、本館のHPを見て下され。

他の任務:東洋的リバアタリアニズムの確立。
       日本まんなか共和国 勝手に観光大使

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奨学金を完済した
旧日本育英会から借りていた第一種奨学金(無利息)を本日完済。
年12万円を返し続け、15年掛った。ほんとうに荷を降ろせた気分だ。オーバーな言い方だけど、この借金がある内は、死ねないよなとさえ一時期思っていた位に、心に引っかかっていた。
育英会(現 学生支援機構)が送ってくるリーフレット類に必ずあるコトバ;「皆さんの返済金が、現在の奨学生への貸し付けの資金になっています」というのが、プレッシャーになっていたのもある。が、それ以上に、この奨学金を借りるのに後ろめたさがあったからだ。
今から20年前、少なくとも私の出た大学では、第一種奨学金の対象者を選ぶときには、親の収入・資産とは無関係な方法が取られていた。
大学院(修士課程)の学生だと、入試試験の点数順で選ばれる。
私の実家は、「大学院くらい行かしたるわ」と鷹揚に言ってもらえる程度には裕福だった。けれど、それも悪いし……と月額7.5万円の無利子貸与の奨学金を狙った。
……大都市とはいえ場末の住宅地にある大学のことだ、2万円もあれば下宿部屋も借りられるのだから、なかなかの大金である。
もらえるように、院試前に無茶苦茶に勉強したのは、今となっては遠い思い出(苦笑)
そして、噂通り、試験後、成績順にそれぞれの学生へ「奨学金が要りますか?」と学部の事務局から問い合わせがあり、私にもお鉢が回ってきた。そして、審査もなにもないまま、受給が決まった。当時の育英会の規則だと、確か家族の年収の上限があったはずなのだが、それもウヤムヤ。届け出た覚えすらない(届け出たら、通るわけない。なぜなら当時、兄が既に働いていて実家住まい、しかも父親のバリバリの現役だった)。

借りている当時ですら、強いて言えば必要のなかったのに申し訳ない、と思っていた。しかし現実には、まるまる生活費に消えていた。

が、私のような人間ばかりでないことも知っていた。
大川興業の元総裁 大川豊サンが「金なら返せん」という雑誌ぴあでの連載でも同じことに触れていたけれど、バブル期には、育英会の奨学金をMMFで全額運用して、しかも卒業後一括返還して10%の報奨金(育英会からキャッシュバックされる)までせしめた目端の利く輩すら居たのだ。

(因みに、月3万円の奨学金を4年間給付してもらい、この方法で利殖すると、当時の利率ではMMFの分配金が累計7万円強。報奨金で144000円と合計で21万円以上を、大学入学からの5年間で儲けることができた計算になる!)
もっとも、たぶんこの「財テク」が問題になったのだろう、私が返済しはじめて数年後に報奨金制度がなくなったが。

お分かりになってもらえるだろうか。
救済制度(セイフティーネット)が、本来の意味での弱者に届かないようなシステムになっているのだ。
しかも、一見すると「もっともらしい」理屈で正当化されているので、それらの制度が実効的にならない理由に、だれも気付けないのだ。
奨学金を成績順に出す、という「ルール」自体に一体だれが異議を唱えるだろう、……しかし、それでは「弱者救済」となり得ない。

日本の福祉制度は、この種の不合理を持っていると思うのだ。
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テーマ:これでいいのか 日本の教育 - ジャンル:政治・経済

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