ほしあかりをさがせ
山登り・サイクリング・星見・石仏探し 本命は何なのか、出たとこ勝負で行ってみましょう
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デルタ

Author:デルタ
四十才代、三重北勢在住の技術者です。ちょっとだけ営業マンもしてました。
ネット上では、磨崖仏の研究家としてごく一部の人から認知されてる(らしい)。磨崖仏・星見・歴史小説創作については、本館のHPを見て下され。

他の任務:東洋的リバアタリアニズムの確立。
       日本まんなか共和国 勝手に観光大使

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ご馳走論(「バラ寿司」から「焼肉」への飛躍)
先週金曜日、職場の新年会ということで焼肉に行った。
4時間くらい、ウダウダと肉を焼き続け、すっかり満腹になった……それにもかかわらず、

「二次会行きましょう」
と声がかかったのが23時過ぎ。
せっかく二次会に行ったものの、みんなアルコールを数杯飲むだけで、お茶を濁す程度になった。満腹だから仕方がない。
他人のことはともかく、私は最悪だった。
途中でお腹の調子が悪くなり、二次会の飲み屋さんのトイレを占拠するようなハメになってしまったのだ。
洋式トイレに腰掛け、なさけない気分の中、考えをめぐらす……。

そういえば、ここ1ヶ月ほどの間に、焼肉パーティーに4回も顔を出しているな、
40歳前という年齢を考えるまでもなく、身体が(胃腸が)脂っこさを拒否しはじめているというのに、何をやっているのだろうか、と自己嫌悪。

例えば5年前、あるいは社会人に成り立てのころ、こんなにも焼肉を食べていただろうか、絶対そんなハズない、肉類が好きな人間ではあるけれど、もともと胃袋も小さいし消化能力も弱めの人間だから、こんなペースで食べる気にもなれなかった。
それ以前の問題として、飲み会に誘われることはあっても、焼肉を食べに行こうという人はほとんど居なかったと記憶している。

そう、焼肉ブームとも言えるものが、今確実に「流れ」としてある。だいいちメインストリート沿いに焼肉屋さんが乱立しはじめたのは、ここ2~3年のことではないか。
意識しないうちに、私たちの外食でのメニューが焼肉へ偏りはじめていないか?
しかも、世の中で言われるような、「食生活の欧米化」の波よりはるかに遅れて、そして追い打ちを掛けるように、動物性脂肪を提供する店が増えていないか?

例えばラーメン屋……昔はここまでコッテリ感を売りにする店ばかりでなかったハズだが(だから、最近は、ラーメン屋サンに行っても、ラーメンの脂に耐えきれず、あんかけ焼そばしか頼まない)。

私の子供の頃、牛の焼肉はご馳走だった。そんな昔のことでない。25年くらい前……高度経済成長が終わった頃の、先進国入りしたころにあってさえ、焼肉は「お祭り」的な珍しいご馳走だったはず。
確か毎日新聞が1980年代前半に「関西の私鉄」という連載をやっていた。その連載で春闘の取材をしたとき、どこかの関西大手私鉄(阪神電鉄だったかな?)の組合員さんがインタビューでこう答えていたのを、妙に覚えている。
「月に一度、ウチで子供達に牛肉の焼肉をしてやれるような余裕が欲しい」
焼肉屋へ食べに行く、というのでない。ただ、鉄板焼きに牛肉を入れたい、と望んでいた……そう遠くない昔、私達の食生活はこんな具合だった。
 大手私鉄の組合員サンの家庭といえば、まさに「中流家庭」だ。これが、古き良き時代の日本の「中流家庭」の実像だったのを、私たちはいつの間にか忘れているように思う。

そんな当時の、日常的なご馳走ってどんなものだったろう。
肉屋さんが揚げたてを売ってくれるコロッケ、ミンチカツ。
あるいは……。
去年の夏頃、日経新聞の土曜版に尾崎亜美サンのインタビュー記事が載っていたのを思い出す。

彼女たちご夫婦はホームパーティーが大好きなのだけど、その原点は、
自宅を訪ねてくる近所(西陣)の若い職工サンたちに、母親は振る舞った「ちらし寿司」だった


そんなインタビューなのだが、同じ京都文化圏で育った、しかも同世代の親を持つ私にはわかる。そこで振る舞われるものは「ちらし寿司」なんて大層なものでない。錦糸卵と紅ショウガ、甘辛く煮込んだ干し椎茸が入っているくらいの、京都弁でいう「バラ寿司」だ。亜美姉さん(このインタビューを読んで以来、彼女に親近感を持っているので、非礼を承知でこう呼ばせてもらおう。私の実兄ともほとんど同い年だし。)のご家庭は、父が公務員、母が内職をしている、というこれまた典型的な中流家庭。

「バラ寿司」から「食べ放題の焼肉」へ。
収入がさして増えていないはずなのに、この極端な贅沢へのシフト、そしてご馳走の高脂肪化は、何ごとだろう。

生活実感として、余裕を感じられなくなった理由は、この種の贅沢を気付かぬうちにしてしまっているせいでないだろうか。
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テーマ:それでいいのか日本国民 - ジャンル:政治・経済

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