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Author:デルタ
四十才代、三重北勢在住の技術者です。ちょっとだけ営業マンもしてました。
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他の任務:東洋的リバアタリアニズムの確立。
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スモールビジネスとしての「捕鯨」
これで、何度目なのでしょうか。
日本に沿岸捕鯨枠を認める代わりに、調査捕鯨の段階的廃止を求める、という提案が、今度は、議長提案としてIWCで諮られることになったとのこと。

日本の沿岸捕鯨容認 5年後に調査捕鯨ゼロ
以下引用
 【ロンドン=木村正人】国際捕鯨委員会(IWC)のホガース議長(米国)と作業部会は2日、日本の沿岸捕鯨を容認する一方で、南極海での調査捕鯨を向こう5年間でゼロにするなどの提案を盛り込んだ議長案を公表した。捕鯨支持国と反捕鯨国の対立で存続の危機にひんするIWCは、3月にローマで開く中間会合で議長案をたたき台に打開策を協議するが、反捕鯨国からの反発が予想される。

 IWCは主要加盟国により作業部会を設置し、昨年9月と12月に、商業捕鯨や調査捕鯨などの深刻な対立点について打開策を検討した。これをもとにホガース氏が議長案をまとめた。

 それによると、沿岸捕鯨について日本に対し、向こう5年間、和歌山県太地町▽北海道網走市▽宮城県石巻市(鮎川)▽千葉県南房総市(和田)の4カ所の捕鯨基地からの日帰り捕鯨を認める内容。頭数は明記されず、6年目以降は禁止と継続の両案が記された。

 その一方で、日本の南極海での調査捕鯨については(1)ザトウクジラとナガスクジラは捕獲禁止し、ミンククジラは捕獲頭数を毎年減らして5年後にゼロにする(2)捕獲枠を決めた上で向こう5年間継続する-との両案を記した。商業捕鯨についてはモラトリアム(一時停止)措置を当面継続するよう求めている。

 昨年3月にロンドンで開かれた中間会合でも反捕鯨国の一部から、日本の沿岸捕鯨を認める代わりに南極海での調査捕鯨を禁止する妥協案が提出されていた。

(後略)

落しどころは、このあたりだろうに、日本政府は、またも”大規模な官業”調査捕鯨を続けることに執着して、お流れにしてしまうのだろうか、
そうならないことを、今回こそ信じたいところ。


2年前の6月に私も「伝統的捕鯨」という記事で取り上げたように、日本の水産庁にしても、沿岸捕鯨の枠を確保することが、一つの目標になっている。
前の記事でも書いた通り、鯨肉への需要の量と質から考え、沿岸漁に特化した「地場産業」で残していくことが、産業として健全な規模に落ち着かせることができるだろう。日本政府の言い分(ミンク鯨2000頭/年)が全面的に通ったとしても、全世界で年商数百億円にしかならないのだから。


もちろん、日本沿岸でどれだけの頭数のクジラがいて、”資源”(あえて言います)としての持続性がどの程度あるのか、改めて調査する必要があるだろう。
調査してみなければわからないだろうけれど、
南氷洋と日本近海との面積比から考えて、ミンククジラ100頭のオーダになるのでないだろうか。とすると、日本全体で年商10億円くらいになるのかな?
在来の漁業の産業規模1.5兆円と見比べて、その零細ぶりがよくわかることだろう。
これこそ、伝統的地場産業として保護し、好事家との間でつつましく守られていく……例えば古代米の栽培のように……そんな、スモールビジネスとして、捕鯨が健全な民間事業ベースで残っていくことを、私は期待している。
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テーマ:捕鯨・反捕鯨問題 - ジャンル:政治・経済

この記事に対するコメント
「捕鯨反対はレイシズムの一形態である.」
そもそも捕鯨に反対する原則的根拠が不明.
近海なら認めるが,遠海なら認めないというのは論理矛盾.
(どちらも捕鯨は捕鯨.)

ビジネス・伝統文化としての沿岸捕鯨の妥当性の問題(利益論・伝統文化論)と
自由(権利)としての捕鯨(特に遠海捕鯨)の正当性の問題(自由論・倫理論)は別問題.
【2009/02/05 01:04】 URL | scepticx #- [ 編集]

レイシズム は被害妄想です(笑)
scepticxさん、コメントありがとうございます。

以下の答えは、私の立場からとなりますので、例えばシーシェパードなどとは主張がまったく一致しないことを、まず念頭においてください。(私の考え方はWWFにわりと近いものです)

>近海なら認めるが,遠海なら認めないというのは論理矛盾.
近海で認めていい理由は、日本の専管水域での捕獲であることです。つまり、日本近海での各種資源は、日本に優先使用権がある、という国際的な合意事項に基づいています(回遊性がある生物なので、資源の再生性を考慮した管理を、国際的枠組みで行う必要がありますが)。
一方南氷洋は、明かに公海です(南極の領有権を認める、と条約が変ったら別ですが-笑)その水域の資源を、日本が排他的に捕獲できるわけがありません(なのに、日本政府は独占できるものとして、IWCでの交渉を行っている)。

>自由(権利)としての捕鯨(特に遠海捕鯨)の正当性の問題(自由論・倫理論)は別問題

自由だけでしたら、現在捕鯨に反対している各国にも平等に自由があります。反対する各国は……真の理由様々であっても……クジラが漁に耐えないほどの個体数になっていることを理由に、互いに権利制限することで合意しているだけに過ぎません(政府レベルの主張では)。
また、日本が獲る正当性ですが、クジラ肉にしろ骨にしろ髭にしろ肝油にしろ、現状の調査捕鯨枠でさえ余らせているのです(料理屋さんに回されるのは、高級部位の珍味が中心で、安い部位は倉庫で眠っている)。その3倍の捕獲枠を独占することが、正当で倫理的に真っ当な行為とは、私は思いません。

以上のような理由は、日本人であること自体というより、日本政府の行為・主張の論理に対する不信感が原因ですので、レイシズムとは関係ないです(少なくとも表面上は)

というところでいかがでしょうか。
【2009/02/11 05:28】 URL | デルタ #JnoDGgPo [ 編集]

欧米の主張をまともに受け取ってはならない
この問題も、関心がありますのでコメントさせてください。

>一方南氷洋は、明かに公海です。その水域の資源を、日本が排他的に捕獲できるわけがありません(なのに、日本政府は独占できるものとして、IWCでの交渉を行っている)。

勿論、排他的に利用できないのは当然ですが、他に利用しようとする国が存在しないから、というのが正しいのではないでしょうか?

それに、やはり遠近は関係ないと思います。
公海で取っていけないというなら、鮪等の遠洋漁業も許されないことになります。

>その3倍の捕獲枠を独占することが、正当で倫理的に真っ当な行為とは、私は思いません。

調査捕鯨の頭数は、あくまでも科学的見地から必要と思われる数であって鯨肉確保という見方は、あまりにもうがち過ぎでしょう。
獲った分は有効利用する。その結果余ってしまったというのが実情ではないでしょうか?

私個人的な意見ですが、この問題は、食の安全保障という観点が余りにも欠けていると感じています。
官僚の利権問題に過ぎない…という風に矮小化して捉えるのは間違いだと考えます。

それとこれは根拠があって言っているわけではありませんが、南極資源開発に伴う環境汚染問題から世間の目を逸らすために、日本の捕鯨が槍玉に挙げられているのかもしれません。
(実際、ベトナム戦争の枯葉剤作戦から世間の批難を逸らす為に、捕鯨が槍玉に挙げられたそうですし)

欧米はこういう点で実にしたたかです。
【2009/02/12 22:07】 URL | 一知半解 #f2BEFQoE [ 編集]


「捕鯨反対はレイシズムの一形態である.」

「普遍的自由(権利)に基づく制限付きの持続可能な資源利用」は恣意的(差別的)区分無く肯定されるべき.

「公海」はすべての人に権利がある.制限の根拠にはなっても禁止の根拠にはならない.双方の自由(権利)を尊重すべき.

自己の自由(権利)は他者の自由(権利)を侵害しない限り原則的に肯定される.(例:喫煙との比較)
 *公海における捕鯨は,他者(反対派)の自由(権利)を侵害しない.
 (捕りたくない者は捕らないままでいられる.)
 *公の場における喫煙は,他者の自由(権利)を侵害する.
 (吸いたくない者が,吸わざるを得ない<副流煙による受動喫煙>)

後者は問題.前者は(持続可能であれば)問題なし.

 捕鯨賛成派は公海における「排他的独占利用権」を要求していない.
初めから他者の自由(権利)を否定する(独占権)のと,結果的に利用者が少数であるために「独占・寡占」的状況になるのとは別.
(例:公園の中の人気のない遊具を少数の人が利用していたからといって,不当な「独占・寡占」ということにはならない.)

「事実として(需給・税金の観点から)必要かどうかの問題」と「価値として禁止すべきかどうかの問題」は別.
前者は自由(権利)を前提にした「政策的・経営的停止(縮小)論」
後者はその自由(権利)を否定する「原則的禁止論」
前者を根拠に,後者を主張する事は不可(矛盾).(前提が異なる.)

過剰供給状態の資源利用を問題にした反対論は,需給調整のための「停止(縮小)論」.自由(権利)自体を禁止(剥奪)する根拠なし.

仮に,過剰供給を倫理違反として禁止を正当化するなら,その論理を鯨類以外の一切の動植物に対しても適用すべき.(牛・豚・鳥等)

国内的な「停止論」(自由<権利>の存在が前提)を「禁止論」(自由<権利>の存在を否定)にすり替え,国外からの根拠無き「禁止論」に同調するのは,差別への迎合.

 欧米系の捕鯨国は日本と同水準の批判を継続的に受けてはいない.
(レイシズムに該当)
【2009/02/15 19:56】 URL | scepticx #- [ 編集]

自意識過剰なのか、被害妄想なのか……
一知半解さん、scepticxさん、
もうちょっと、冷静になりましょうよ(苦笑)。
欧米との外交的カケヒキとか、レイシズムとか、そんなご大層な話でないのです。
単に稀少になった資源を、今後どう使っていくか、という話にすぎないのですから。
(WWFも、グリーンピースもこの点は一致しているのです)



(1)食糧自給率
日本捕鯨協会が、英語サイトで「日本人からクジラ肉を食べるなというのは、イギリス人にフィッシュアンドチップスを食べるなというのに等しく、オーストラリア人にミートパイを食べるなというのに等しい」と、慄然とするような説明を載せたことがあります。全否定しようとするから、正統性を述べただけだ、というのはわかりますが、量的には針小棒大ですよね。
史上もっとも日本人クジラ肉を食べたのが1962年だったと思いますが、そのときでさえ1年に2.5kgくらい。資源の維持も採算性も全く無視して獲りまくり、国民にむりやり食べさせたとしても(たとえば学校や自衛隊の給食に用いる)、たぶんこのくらいの量が関の山でしょう。
一方動物の肉を今私達がどれほど食べているかを考えると、年に28kgくらい摂っています(2005年の統計。最近では食べ放題の焼肉屋が増えましたから、もっと消費が増えているかも知れません)。そのうちを占めるクジラ肉というのが、40グラム程度です。
日本政府は、今調査捕鯨で捕っている1000頭から見て3倍増の3000頭の捕獲枠を要求しています(それがもっとも資源量が多いと見られているミンククジラの、持続可能な上限といっているのです)。かりに3000頭の全てが日本人の口に入るとしても、100gがいいところでしょう。肉類の需要に対して、1/840であったものを、1/280に引き上げることが、食料安保につながるとは、私には到底思えません。
むしろ、日本人にとっての大事な食文化、とか食料安保という大がかりな話を持ち出すことで、他の国から「どれだけ大きな規模の捕鯨をするつもりなのだろうか」と疑心暗鬼になられていることを、意識するべきだと考えます。
そんなことをいわずに、正直にいうべきでないですか?

「嗜好品として獲らせて下さい」と


(2)>捕鯨賛成派は公海における「排他的独占利用権」を要求していない.
本当ですか、私は初耳です。
どう考えても、「国内向きには」今より格段の数量のクジラ肉が入ってくると煽り、対外的には、調査捕鯨での3倍の量しか要求せず(というのか、それ以上要求すると、「科学的な管理」という日本政府の主張が根底から崩れる)、結果として、排他的な独占を目指しているとしか思えないのですが。

(3)>初めから他者の自由(権利)を否定する(独占権)のと,結果的に利用者が少数であるために「独占・寡占」的状況になるのとは別.

日本だけが、クジラを欲しているのではないことをお忘れなく。日本の決議案に賛成しているモンゴルも、船団を持ちたいといっているくらいですし(このとき、日本の記者が混ぜっ返して「我々は第二の元寇に備える必要もあるのですね」といい、大笑いになったことが、新聞で報道されたことがあります)、ノルウェー、アイスランド、チリも再参入してくるでしょう。特にチリあたりは、日本への輸出を前提に強く参入を主張するはずです
(そして、日本の大手水産会社は、日本から船団を送るより、チリからの輸入を望むはずです。コスト面で全然違いますからね)

(4)>過剰供給状態の資源利用を問題にした反対論は,需給調整のための「停止(縮小)論」.自由(権利)自体を禁止(剥奪)する根拠なし.
 資源が限られているときには、当然なこととしてこの種の生産調整がなされるはずです。例えば朱鷺の羽根が奇麗だからと着物の飾りにしたい、という業者が出てきたとして、それを「権利自体を抑えることができない」と許可しますか。
朱鷺の例が極端なら、象牙の印鑑が欲しいからといって、アフリカ像が乱獲されたことがあり、今はWWFが禁猟・保護の対象にしていますが、
これにしても、需要を越えない程度ならばOKと解禁せよ、と主張できますか。……クジラが禁猟で回復してきたとはいえ、1950年代から比べて1/3くらいには減っているのには違いないのです。
だからこそ、日本政府はミンククジラ3000頭しか要求できないのです。

(5)>国内的な「停止論」(自由<権利>の存在が前提)を「禁止論」(自由<権利>の存在を否定)にすり替え,国外からの根拠無き「禁止論」に同調するのは,差別への迎合.

繰り返しになるかも知れませんが、私は捕鯨に反対しているのでない。
むしろ、地場産業として末永く残っていって欲しいと思っているくらいで、
そのためにいろんな意味で障害になっている、公海での調査捕鯨に猛反対しているです。
それと、公海での自由は身勝手を意味しません。私らの世代のワガママで資源を枯渇させていいのか、という根元的な問題と向き合わないと、オトナな議論と言えません。

(6)> 欧米系の捕鯨国は日本と同水準の批判を継続的に受けてはいない.
(レイシズムに該当)
日本で知られていないだけです。シーシェパードはアラスカでの捕鯨を実力阻止し、逮捕者が出ているほどなのです。日本のような「船をぶつけられた」なんてレベルでなく、具体的な刃物での傷害事件が起きているほどなのです。
グリーンピースやWWFは、日本の沿岸捕鯨に関しては同情的で、強いて反対していないことも付け加えておきます。
【2009/02/16 22:34】 URL | デルタ #JnoDGgPo [ 編集]


       / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
       | 鯨うめぇよ!
       \
          ̄∨ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
                   ∧_∧      / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
         ∧_∧     ( ´Д`)    < おめぇも喰ったら?
         ( ´Д` )   /⌒    ⌒ヽ    \____________
        /,  /   /_/|     へ \
       (ぃ9  |  (ぃ9 ./    /   \ \.∧_∧  / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
        /    /、    /    ./     ヽ ( ´Д` )< 喰ったら?
       /   ∧_二つ (    /      ∪ ,  /   \_______
       /   /      \ .\\     (ぃ9  |
      /    \       \ .\\    /    /
     /  /~\ \        >  ) )  ./   ∧_二∃
     /  /   >  )      / //   ./     ̄ ̄ ヽ
   / ノ    / /      / / /  ._/  /~ ̄ ̄/ /
  / /   .  / ./.      / / / )⌒ _ ノ     / ./    (゚д゚)<クタラ?
  / ./     ( ヽ、     ( ヽ ヽ | /       ( ヽ、   ゚( )-
(  _)      \__つ    \__つ).し          \__つ  ./ >
【2009/02/19 02:32】 URL | ホゲェ~ #aIcUnOeo [ 編集]


「捕鯨反対はレイシズムの一形態である.」

質問は極めて単純.

捕鯨に反対する「原則的根拠」(原理原則)は何か?
反対派は,その根拠を全く提出していない.

捕鯨に賛成する「原則的根拠」(原理原則)は明確.
“自由(権利)“

「普遍的自由(権利)に基づく持続可能な制限付きの資源利用」
は肯定されるべき.(否定する根拠がない.)

“食料自給率”は関係ない.
それが高かろうが,低かろうが自由(権利).
(そもそも“自給率”など主たる根拠として主張していない.)

“必需品/嗜好品(贅沢品)”は関係ない.
どちらであろうが自由(権利).
(そもそも鯨食が“嗜好品”であることを否定などしていない.)

“排他的独占権”は関係ない.
それは「利用形態」の問題であって,「利用」自体の是非とは別.
(そもそも“独占権”など要求していないし,その権限もない.また国際機関が認めるはずもない.さらに言えば,その主張は反対解釈すれば,”独占権“を要求しない限り肯定する「肯定論」.)

“捕鯨希望国の数”は関係ない.
多かろうが少なかろうが自由(権利).
少数だからといって“不当な独占・寡占”にはならないし,多数であれば,持続可能な範囲内で数量(捕獲量)調整すれば解決.
(そもそも捕鯨希望国が多数いることを否定していない.)

“一般的制限論”は関係ない.
 資源利用に際して資源量に応じて制限は必要.(賛否双方が一致)
なぜ「制限=公海での禁止」なるのかが問題(論点).
(そもそも無制限の資源利用など要求していない.「持続可能性」という“制限”を当初から明記している.)

“差別における個々の実例”など関係ない.
同水準の言動を継続的に受けているかの傾向の問題.
(そもそも欧米の捕鯨国が過去に批判・攻撃を受けているのは知っている.)

 また,レイシズム以前にそもそも(価値観の押し付けという意味での)“差別“であることも重要

議論以前に何が“論点”であるかの認識能力を習得すべき.
【2009/02/19 06:18】 URL | scepticx #- [ 編集]

ほげー、こんなにまずいのか!
ほげー様
力作ありがとうございます。このブログ開闢以来はじめての、「キャラクター」出現で、私、無邪気にうれしいです。

クジラ肉、食べましたとも!!小学校3年までの学校給食で。
メニューは忘れもしません、クジラ肉竜田揚げにトマトソースをかけたものでした。
こんなことを言ったら、ほんとうにバチアタリなのですが、
どうしょうもなくマズかった。

冷えていたのもあるでしょう、安物の部位を使っていたのも事実でしょう。
けれど、舌が受け付けないほどまずく、
ほとんどの同級生が残していたくらいだったのです。

「うまい」ところもあるのだと思います。
けれど、それは大きなクジラのごく限られた部分だけだし、
まして、私の安月給(爆)では手の届かない価格でしょう。
(たとえクジラを3倍くらい捕るようになっても、希少性は薄れず、そう安くならないでしょうし)

もっとも、
奢って下さるということでしたら、いつでも、お願いしたいです(平伏)
【2009/02/19 22:13】 URL | デルタ #JnoDGgPo [ 編集]

……とすると
scepticxさん。

>“食料自給率”は関係ない.

>(そもそも鯨食が“嗜好品”であることを否定などしていない.)

>多かろうが少なかろうが自由(権利).

>それは「利用形態」の問題であって,「利用」自体の是非とは別.

……となると、私のいっていることへ、ほとんど賛成してもらえているのですけど(苦笑)

リクエストにお答えして、
「自由(権利)」というものが、この場合、どういう制約のもとで、どういう過程で発生するのか、具体的な権利になるのか、を、リバタリアンとしてお答えします。
というのか、リバタリアンにこんな話を振るなんて、ニクいお心遣いだな~(爆)

というわけで、2/19付けの新しい記事へ、舞台を移します。
【2009/02/19 22:23】 URL | デルタ #JnoDGgPo [ 編集]


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??? Ĵ????? by Goodor Bad

Ĵ??????????ΰ????λ??????????????Τ?????Υ???ä顢???? by jp & Blog-Headline【2009/02/07 08:27】

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