ほしあかりをさがせ
山登り・サイクリング・星見・石仏探し 本命は何なのか、出たとこ勝負で行ってみましょう
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デルタ

Author:デルタ
四十才代、三重北勢在住の技術者です。ちょっとだけ営業マンもしてました。
ネット上では、磨崖仏の研究家としてごく一部の人から認知されてる(らしい)。磨崖仏・星見・歴史小説創作については、本館のHPを見て下され。

他の任務:東洋的リバアタリアニズムの確立。
       日本まんなか共和国 勝手に観光大使

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書評「提婆達多」(中勘助著)
お釈迦様の生涯を習った人だったら、強烈な印象を残す悪役として、デーバダッタという人が印象に残っていることだろうと思います。
大正10年に書かれたこの小説は、そのデーバダッタを主人公にした叙事詩めいた物語です。流麗な肌触りの物語・散文詩を書いた著者が、煩悩と権威欲に身を滅ぼした彼をどう描いているのか、興味を持って数年前、岩波文庫の復刊を買ったのですが、しばらく買ったのを忘れていました。
昨日、気分が優れず寝転がりながら、この本を読みました。

憎しみ、愛……、シッダッタ(後の釈尊)が、わりと易々と振り払ったこれらの”煩悩”に、ある意味アタリマエな理由から執着し、それらを苦しみのもととしていく、デーバダッタ、シッダッタへの復讐心が「野獣めいている」という行きすぎがあるにしても、その自分の”野生”に任せる素朴さと裏返しにある素直な懺悔・告悔が、重層的に彼の人生の中で積み上がっていきます。
それは、冷めた目で見れば、「迷い」。けれど、「戦い続ける」という意味では、彼も立派に菩薩なのでは……、と、読み手に感じさせるものがあります。
そんな彼に対しては、この物語に出てくる仏陀(釈尊)が、彼に妙に冷淡です。
身内(従兄弟)だからわざと冷淡にしていたのか、妻との不義密通を責め続けていたのか」、それすら語らず、言葉少なく突き放している。「お前は、まだ悟りに至っていないのだ」といわんばかりに。

デーバダッタをめぐる人々の濃密な心理描写が、読み応えがあります。それだけに、シッダッタ=仏陀の寡黙・沈黙に、かえって人の心の奥深さを感じてしまいました。
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テーマ:読書記録 - ジャンル:小説・文学

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