ほしあかりをさがせ
山登り・サイクリング・星見・石仏探し 本命は何なのか、出たとこ勝負で行ってみましょう
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デルタ

Author:デルタ
四十才代、三重北勢在住の技術者です。ちょっとだけ営業マンもしてました。
ネット上では、磨崖仏の研究家としてごく一部の人から認知されてる(らしい)。磨崖仏・星見・歴史小説創作については、本館のHPを見て下され。

他の任務:東洋的リバアタリアニズムの確立。
       日本まんなか共和国 勝手に観光大使

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時代の終わりとすら感じる
私が韓国に滞在していた8日間のうち、6日間までTVニュースのトップを占拠していた、ノムヒョン元大統領の不正資金「事件」の捜査。
まったく異様な報道のされかたで、
第二の都市Incheonで市長選があろうが、新種インフルエンザの患者が国内で発生しようが、プロバスケットリーグで第七戦までおよぶ激闘の末チャンピオンチームが決まろうが、日本のプロ野球(スワローズ)に行っている韓国人選手が自責点0でセーブポイントを重ねようが(え?最後の2つは大ニュースでない?)、そんなこと意に介さず、トップニュースで報じ続けられていた。
いちばん呆れたのは、取り調べ当日で、
彼をKimhae(住んでいるところ)からSeoul市内へ送るバスを、報道機関のヘリがずーと追跡して中継していたという事実(苦笑)……ちょうどこの日、私はSeoulからJincheonへの市外バスで高速1号線(Gyeongbu線)を南下しているときに、この騒動とすれ違い、上空をこのヘリが爆音を轟かせていてびっくりしたのが印象に残っている。
私は、センセーショナルな報道を好まないので、新聞は良くも悪くも穏健派の中央日報を読むようにしているのだけど※、この新聞ですら、どことなく、「自業自得だ。ざまあみろ」的な論調が、取り調べ当時にはあった(とすると、朝鮮日報や東亜日報は、どんな報道していたのだろう……考えるだけで憂鬱になる)

※と書くと、中央日報関係者の皆さんから怒られるだろうか。けれど、政治路線で対立するはずのノ・ムヒョン大統領(当時)がマスコミ批判して「正しく報道しない報道機関には意味がない。廃刊しろ」といった時(驚)に、中央日報の名前が挙がらなかった。以下に述べるように、既存マスコミを敵視した彼すら一目を置かざるを得ない立派な良識的報道機関だった、とも言えると、私は思っている。

そう、彼は、政治的な野党と戦う前に、既存マスコミと大戦争をはじめてしまっていたのだ。それも、気まぐれなマスコミ批判ではなく、マスコミが彼の目指す参与的民主制(とでもいうのだろうか)を妨げているという、信念に満ちたマスコミ敵視だった。
だから、彼のことを思うとき、
日本のネット界でのマスコミ敵視や、小泉サンの第一次内閣当時の雰囲気といったものと、同時代的な「同じ雰囲気」を感じてしまうのだ。
既存のマスコミには、いろんな不信のもとがある。日本でいえば記者クラブ、スポンサーの圧力等々。
実際には、ちまたをにぎわす噂ほどには、記者クラブやスポンサーが報道を歪めていないと私は思っている。
(記者クラブに属さないフリーランスの人でも、記者クラブを介さないかたちで取材しいい仕事を上げているわけだし、NHKがもっとも「偏向している」と批判される報道機関であることが(右からも左からも-爆)、それらの害が副次的なものである証明といえるだろう)

しかし、クモリがあることを、人々が許さない。そしてその人々と結びつきを強うある種類の政治家は、マスコミに対する問題意識を共有していた。

彼が大統領に就任したころ、
韓国にも日本にも、しかも政治的な右左の立場を問わず、
「素人臭い政治家が大統領になった。これでは政治が混乱する」
と予測する(というのか、腐す)人がけっこう見られた。

実際、彼の無用なまでの論争好きも災いして、当初から憲法違反の疑いで告発されるなど、政治が停滞した。
しかし、振り返ると、政治へ求めるものが、この種の「素人臭さ」へ移行していく過程に、少なくとも韓国はあるのかも知れない。
スーパーマンは、要らない。政治を世間話の延長として捉えたい。
という要求が、彼を突き動かし、政策決定の記録書類を一切合切保管し、公表するという法律を作ったりさせたわけだ。
ちょっと竹井隆人サン風の言い方になるけれど、ノ・ムヒョンさんは、いわば持ち回りで分譲マンションの管理組合の理事長に就いたようなもの、と彼の支持者は見ていたのではないだろうか。フリーハンドを与えられるほど信頼できる才能のある人ではない。けれど、正義感が強くお金の面でも潔癖で信用できる……だから5年間理事長をやってもらおうか、という具合だったのでないか、と私は想像するのだ。

彼が自ら言った「参与政治」というのは、そんなニュアンスがあったのだと、私は理解している。
小泉内閣の初期も、今振り返ると似た面があったと思う。
実績も後ろ盾もない人たちが閣僚に並び、陰で仕切れそうなのは、あの塩爺だけ(爆)そして、国民の側が限りなく「政治の透明化」と「国民へ肉声を届けてくれる政治家」を求めていた……。

このように振り返ると、
「既成マスコミへの不信」、「権威(常識)への反抗」がひとつのきっかけになって、日韓ともに、「日常の延長としての政治」が誕生する流れが、あのころには確実にあったと私は結論したいのだ。

ただ、悲しいかな、当事者たちがその可能性を忘れてしまった。
小泉さんはまもなく「既存マスコミを利用する」という方向へ堕落していったし、
ネット界の右派の世論は(右派だけでないとも思うけれど)、既存マスコミのあら探しに徹するようになった。報道の偏向を非難し、それを潰そうとするだけで(あるいは、「我々は真実を知らされていない」と陰謀論に走るようになったり)、自分たちの日常行動としての意志決定から政治を隔離してしまった。

韓国においても、何が原因だったかははっきり指摘できないけれど、「やっぱり素人だとダメだ」という判定を下して、ある意味プロ中のプロであるイ・ミョンバクさんへ大統領の座が移った。

とはいいつつ。学歴とすら戦って大統領に登り詰めた彼の生い立ちや、不正資金疑惑などといいながら、結局検察が「収賄」と結論できずにいた(というのは、献金した側への利益供与の例が噂すらないのだ!!)という潔癖な雰囲気とに、惹かれる人が沢山いるのだろう。

Seoulへ留学中のlassieさんのBlogによると、

>ソウルだけでもお焼香ができる会場が7カ所あります。
帰りに歴史博物館の前をバスで通ったら、人の列がすごかったんです。
あとでニュースをみたら、歴史博物館でもお焼香が設置されているとのことで
皆さん並んでいたようです。


というほどに、多くの人が彼を悼んでいる。

以て瞑すべし。

今私から、ノムヒョンさんへ何か言葉を贈るとすれば、こうなるだろうか。
「あなたは、言葉を戦うだけのためしか使えなかった。
素直に語りかけるべき相手にまで、同じ言葉使いをしたから、「直接民主制」を目指したはずの討論が、バトルロイヤルになってしまったのでないですか」
戦う相手を、見失った人、としかいいようがない……。

彼も政界から完全に引退したあと、改めて目を覚ましたらしい。
 -政治が社会を変える、という考えは正しくない。大衆の変革とともに、社会が変り、政治も変っていくのだ。
……そんなことを講演でいっていた。しかし、もう後の祭り。


小泉サンが当初の手法を忘れ、そして政界から引退し、
ノ・ムヒョンさんが、自死した今、
政治が持ちかけていた一つの可能性が、表の世界から消えていこうとしている。
代わりに、「立派な指導者」である政治家が自明として求められだしている。

この事実に、私自身気づくのが遅すぎたな、とさみしく思う。

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テーマ:韓国について - ジャンル:政治・経済

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