ほしあかりをさがせ
山登り・サイクリング・星見・石仏探し 本命は何なのか、出たとこ勝負で行ってみましょう
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デルタ

Author:デルタ
四十才代、三重北勢在住の技術者です。ちょっとだけ営業マンもしてました。
ネット上では、磨崖仏の研究家としてごく一部の人から認知されてる(らしい)。磨崖仏・星見・歴史小説創作については、本館のHPを見て下され。

他の任務:東洋的リバアタリアニズムの確立。
       日本まんなか共和国 勝手に観光大使

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NHK ETV特集「日本と朝鮮半島2千年 ⑦東シナ海の光と影」
ポケットTVで、日曜日夜に放映された「倭寇」(正確にいうと前期倭寇)についての番組を見た。
倭寇の話題に入る前に、元・明、高麗・朝鮮、室町幕府頃の日本の間の交易関係を丁寧に取り上げていて、予備知識のない方にはかえって視点がぼやける番組になってしまったのでないか、と人ごとながら心配した。
去年実物を見て、私も仰天した「Mokpo海洋遺物展示館」のSinan船(Jeolla-Nam道Sinan沖合の沈没商船を引き上げたもの)の荷主が、日本の京都東福寺だったとわかってきた、という話には、私も予想外でビックリした(去年展示を見ている限りでは、そういう説明がなかったのです)。
たぶん予備知識ない方なら、これだけを1回分の番組にしてよ、というくらい興味を惹かれる話でないかと思う。

さて、そういう平時だけで済むわけでなくて……という感じで、倭寇に話が展開していった。冒頭、対馬の海民の末裔である方が出演され、韓国で教育を受けているユンソナがインタビューした。ある意味圧巻の場面だった。
末裔の方曰く
「倭寇としていた、とだけ言われるのは心外です。ある場面において、倭寇という行為もあったのは確かですが」
ユンソナにしてみれば「倭寇の末裔」という風にしか見えないので、ストレートに聞いてしまったのだけど、この返答には、”しまった”という表情だった。

確かに微妙な問題だ。
商船が武装しているのも別に不思議でなかった時代だし、
国境や輸出入管理のシステム(金額制限も含む)、あるいは「誰と誰との交易かによってルールが不定だった」というカオス状態にあったのだから、
まさに時と場合とによって、交易のありようが変わりやすかったとも想像できる。
今のように、政府が「このようなルールで貿易しなさい」という時代でなかった。
となると、民間の自律的なルールがどのように形成されていたか(どこに平衡点があったか)が問題になる。

結果、倭寇のありようを知るために読み解くべき命題は、次の3つでないか、と番組を見ている内に思った
(1)担い手自体に国家権力と常時対決するほどの暴力性があったかどうか
(2)商行為においてどのような段階まで武力をも認めるか、は”雇い主”や荷主の意向によっている可能性もある(あるいは、船の運航を請け負う海民に、どれだけの裁量を与えられていたか、と言う問題)
(3)境界人としての海民(民族をクロスオーバーする存在)にどこまでの一体感があったか

(3)などは、すごく面白いことでないかと思う。
もちろん、時代により変遷があるとは思うけれど、
倭寇って、交易船自体を襲った例はないのでなかろうか。
つまり、いわゆる「海賊」のように、「海民どうしが襲いあう」という質の活動ではなかったと想像できる。
海(境界人の世界)と陸(統制しようとする法権力)との抗争、という側面が強いのかな、とは想像できるけれど、それもまた図式を単純化しすぎているのかも。
……と書き始めると、ものすごく難しいし、そして、味わい深い話題だ。

たとえば……。
番組の途中、レポーター役のユンソナがしみじみ言っていたことが興味深かった。
「倭寇は漠然と教えられていただけで、具体的にどんな人たちによるものだったのか、はじめて知ることができました」
確かにねぇ。
これは日本でも同じことだけど、倭寇は事件として教えられていて、その人たちがどんな人なのか、というのを漠然と「日本人」(あるいは「オランダ人」「中国人」)と描いて、勝手に納得している面がある。
専門家の学者さんの間ですら、整理がついていない様子で……。

韓国の学者さんと村井先生(「境界人」の概念を日本周辺の海民に当てはめた最初の学者さんです)とがゲストで出ておられて、かなり緊張感のある対話になっていた。

韓国の学者さん(Kimという姓だけが聞き取れた)は、
あくまで国家間の問題と描像する。国家間できっちり線を引くことだけの力を、それぞれの政府が持っていなかったので、「混乱した結果として」倭寇が起きた。という言い方。「だから、政府の安定と平和が大切なのです」と、ある意味非常に良識的に話をまとめておられた。
いっぽう村井サンは、境界人を介在したそれぞれの社会どうしの結びつきが、どのような政権のもとでも途切れなかった、ということに力点を置いて話をまとめられた。むしろ、国境をガチガチに固めたことによる弊害(「国民国家」の政体があるために、内戦や戦争が起きる 等々)は、このようなアイマイな国境のあり方・境界人のありかたを積極的に認めることによって、摩擦を薄らげられないか、といっておられた。

村井サンが、今の世相について、予想通り私に近い視点を持っておられるのに、ニヤっとしたと、ご報告して、今回はいったん閉めます。

……、こんなに広くて、しかも直接の史料が不足している話を、論理を通したかたちで、一気には書けません(泣)、スミマセン。
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テーマ:歴史 - ジャンル:学問・文化・芸術

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