ほしあかりをさがせ
山登り・サイクリング・星見・石仏探し 本命は何なのか、出たとこ勝負で行ってみましょう
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デルタ

Author:デルタ
四十才代、三重北勢在住の技術者です。ちょっとだけ営業マンもしてました。
ネット上では、磨崖仏の研究家としてごく一部の人から認知されてる(らしい)。磨崖仏・星見・歴史小説創作については、本館のHPを見て下され。

他の任務:東洋的リバアタリアニズムの確立。
       日本まんなか共和国 勝手に観光大使

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枯れながらも華やかに
洛西に、雅楽器博物館を訪ねた。
京都らしい博物館だな、と思ったけれど、実際にその場へ行くまでは、あるかどうかさえ確信が持てなかった。
当日、情報を得ようとネット検索しても、ほとんど出てこない。京都市内の公衆電話で職業別電話帳をめくっても、その名がない。ネット検索で得た電話番号だけを頼り。当日朝9時に電話を入れてみた。

この時点で、私は、「楽器職人さんが個人的にコレクションを公開されているだけだから、もう公開を止めてしまわれたかもしれない」と警戒していた。
だから「山田さんのお宅ですか」なんて、ある意味間抜けな問いかけになった。が幸い、今日も時間を作ってくださるとのこと、14:30訪問すると約束を取り付けた。
(この博物館、山田さんという職人さんの私邸の2階であり、しかもお弟子さんへ演奏の稽古をつけ指導される場所でもある。だから、確実に見たいならば、当日ではなく事前に連絡をしておくべき、私がいうのもなんだけど)
広隆寺を出て、御池通まで下った後、東へ歩くこと約40分。
西小路御池の角、ちょうど島津製作所の事業所の西門にあたる角で、北に路地へ入ると、小さな看板が出ていて、京都のマチナカにありがちな2階建ての民家へ導いている。本当に、ありふれた建て売り住宅、来意を告げて、奥様に導かれて2階へ上げていただく。
楽器の工房がそこにあるわけではなかった。ただ、雅楽で使う楽器が一通り毛氈の上に並べてある……たしかにそれだけの「展示」だった。
奥さんも、私の真意を測りかねるところがあったようす……そりゃそうだ。私など見るからに邦楽に係わりのありそうな雰囲気もない。笙と篳篥とを呼び間違うくらいのシロウトなのだから!(これはさすがに恥ずかしかった)

職人さんとしてのお話を中心に伺っていった。そんな中で心に残ったことをいくつか。
「職人になるには、その楽器の音を身につける必要がある」
音を身につけるとは、「その楽器を正しく演奏できるようになる」と翻訳したほうがいいかもしれない。演奏者としてたしかな腕を持ち、いつでも音を再現できねば仕事にならないという。つまり、常に音を確かめながら楽器へ仕上げていくのだという。
ギターの調律のように、調子笛へ合わせる……というような「絶対基準」があるわけではない。そもそも「音程」を合わせるだけでなく、音色を合わせ込んでいくというのだから、たしかにゲージなどを用意しても基準になってくれないのだ、と私も理解した。
職人芸、というのとも何か違う、雅楽(芸能)の一部にとけ込んだ工芸というべきなのか……

「煤竹」
山田さんの工房(自宅兼”博物館”の場所ではない)では、古来の習わし通り、煤竹を使って、笙や笛(篳篥,龍笛,高麗笛)を作っているという。
煤竹を辞書通りに解釈しても、その重みを捉えきることができないと思う。
茅葺きの古民家で梁などに使っている竹の古材を、買い求めて材料にするのだそうだ。古民家といってもそんなに頻繁に古材が出るわけではない。数十年に1度建替えがある……その時に買い取るというのだが、今やそのような古民家が残っていない。また仮に残っていても、文化財指定を受けていて、おいそれと改修もしにくい状態になっている。
というわけで、山田さんの工房でも、材料の煤竹をここ数十年買えていないとのこと。かつて買った「在庫」でまかなっている。「うちは昔に沢山買い置いてましたんや」、奥さんの背中越しに、壁へ立てかけた数百本の竹の束が見える……。
単に燻すだけではない、200年以上「建材」として空気に晒し、煙で燻すうちに、「枯れてくる」のだという。
シロウトの私には、「乾ききることで、竹の形状が安定している。だから音程も安定する」といった意味かと思えたのだが、それだけではないらしい。「音が丸くなる」と言われるのだけど……。実際に演奏までしてくださったのだが、「丸くなった」というのを、どのように表現すればいいのか、私も言葉が見つからない。
(おそらく、ウナリを感じない程度の弱さで、周波数が近い音が混ざっているのだろう。それがなぜ、煤竹の場合に顕著になるかは、私には判らない)

「アンサンブルを聴けますか?」
私たちが雅楽を聴くときには、それこそ偶然TVで放送されるのを見るなど、何の準備もなく、そのアンサンブルの前に放り出されることが多いだろう。
なんだか沢山の種類の楽器が並んでいるのは見て判る。が、どれがどの音やら判らず結局漫然と聞くよりなくなる。
まして、篳篥と龍笛の2つは音階が一部重なっているだけのほとんど同じ笛なのだ。
……我々は途方に暮れるよりない。
邦楽(日本の伝統音楽)というと不思議とアンサンブルを意識しない。そんな中で、雅楽はアンサンブル志向があり、むしろ独奏が少ないくらいだ。……それだけ、西洋音楽になじんだ私たちにとって、取っつきやすい、はずなのだが、手がかりとするものがない。
ここではそれらの楽器を、1mくらいの距離で見ることができる。大きさや蒔絵の仕上げなどを目の当たりにして、音も聞かせてくださる。
ちょっと手がかりができるかな、と期待を持って帰ることができた。
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テーマ:美術館・博物館 展示めぐり。 - ジャンル:学問・文化・芸術

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