ほしあかりをさがせ
山登り・サイクリング・星見・石仏探し 本命は何なのか、出たとこ勝負で行ってみましょう
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デルタ

Author:デルタ
四十才代、三重北勢在住の技術者です。ちょっとだけ営業マンもしてました。
ネット上では、磨崖仏の研究家としてごく一部の人から認知されてる(らしい)。磨崖仏・星見・歴史小説創作については、本館のHPを見て下され。

他の任務:東洋的リバアタリアニズムの確立。
       日本まんなか共和国 勝手に観光大使

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アタクシの話(その2。同じプラットホームに並ぶ国)
はじめて韓国内に入った日、お昼ご飯をプサンのオフィス街の海鮮食堂で摂った。この話は、当時このBlogで書いたけれど、付け出しに出たパジョンに驚いた。

タレは、たしかに酸っぱい醤油の一種(魚醤かもしれない)しかないので、口の中を支配する「味」は違う。が、歯ごたえ、舌触り、香りは覚えがある。小麦粉を水で溶いてネギを混ぜて数ミリの厚さに焼いたもの、京都でいうネギ焼(大阪のお好み焼きやさんに行くと「京風ネギ焼」という呼び名にしていることが多い)そのものだったからだ。父母ともに韓国・朝鮮と何の接触もなかったはずの京都の街ッ子だったのに、鉄板焼きの最後には必ず作るほどの、ありふれた家庭料理として、私はそれを知っていた。
それが、言葉も通じない(私の勉強不足はまぁ不問にさせてくれたまえ)異国の地で、出会うと予測もしていなかった。

かつて通った大学が大阪の下町にあったから、鶴橋界隈で韓国料理を摘んだことはすでに何度もあった、チヂミも食べたことがあったが、ここまで素朴な味にならなかった。その差は、まさに大阪のお好み焼きとネギ焼との差そのもの。

単に、昔(飛鳥時代とか、中世の貿易とか)行き来があったとか、50年ほど前に併合したとか、そういう「政治」レベルの事柄でなく、素朴すぎる家庭料理を「共有」していることに、共通する風土を見たのだった。

(僕は、パジョンとネギ焼とに、伝播の関係があるとは考えない。朝鮮の料理でもともと小麦粉に具を混ぜて焼く「ジョン」というさらに素朴な料理があって、その1バリエーションとしてネギ(P'a)を具として使うものを、パジョン(P'ajeon)というだけだからだ。また、朝鮮料理が伝わったと考えるにしても、大阪にはもともとなく、京都だけに広く伝わるのが非常に不自然だ)

同じような錯覚に、たびたび陥った。
去年行ったときでいえば、NongdariからJichonに戻ろうと郡道をヒッチハイクしていた時、BuyeoのJingnim寺址で幼い男の子が「Kkachi(カササギのこと)」と連呼してその背の黒い鳥が歩くのを追いかけてるのを見たとき。
そして、もっとも強烈な既視感は、Seosan(瑞山)の有名な磨崖三尊仏への道で感じた。
川沿いに植林された林の中を林道に沿って進み、途中から川の東岸にある山裾を、北方向へトラバース気味に登っていって、石垣の上に作られた広場で磨崖仏と対峙する、という地理条件や周りの植生(木の種類・樹齢ともに)などが、滋賀県の狛坂磨崖仏(狛坂寺址)と余りに似ている。同じような「山寺だから」というだけでは済まされない、そっくりぶりだ。


その種の錯覚を、風土や経済状態から来る「必然的」な生活慣習や、教祖からして「政治=王権」を捨ててしまっている仏教にとっては、あってないような差が、この2つの国にあるだけなのだろう。
とすれば、いったい誰が、対馬海峡(西水道)に国境を引いたのだろうか。

中世、もう少し「倭(黄海~東シナ海の海民)」の政治力が強ければ、むしろ日本列島内に国境が出来る可能性があったのでは?……そこまでいうと言い過ぎなのは私も頭ではわかっている。が、それ以上に、国境というものが政治経済的な理由で設定され、維持されることを、私は知っている。これだけ行き来のある二国間にFTAが結ばれないのは、政治的な判断でもあり、もっと正確にいうと、産業政策的な意味で、「国境」を設け「税関」を設けているに過ぎない。
その傾向は、年を追う毎にじつは激しくなってきている。
お互いの社会の産業構造がだんだん似てきただけに、企業体どうしの競争に行政が巻き込まれる(あるいは「政治家」が有能であることを示すために、競争を煽り、支援しようとする)という構図も生じて、複雑にしている。

また、文化の違いは、たしかに厳然とある。
市内の路線バスが、待っている人の居るバス停でスピードを緩めることすらなく、通り過ぎるなんて例は、あまりに端的な違いだ。
あっけにとられるくらい、「急げ!」な行動原理で動いているのに、土曜日にもなれば、午前中からバスターミナルの一角で、オヤッサンたちが車座になって酒を飲みダベッて立とうともしない。バスターミナルって長居するところでないのに……。

音声的には騒々しいし、せかせかしているのに、耳を塞いで観察に徹すると、流れている時間がなんともいえず間延びして見えるのだ。
いわば、ホンネと建て前の問題が、やはりここにもあって、
俺らのように、ネボスケなグータラも多数を占ているし、みんなサボりたいわけである。

鷺沢サンのように、頭の回転が速い、そして神経の細やかな人だと、イライラし通しだったろうなとは思う。
韓国にもの申す、と意気込む人にとっては、隙だらけ、矛盾だらけで、冷笑するネタに欠かないのも、私は体感して知っている。

が私のように、仙人になりかかっている人間(爆)には、……一息をつける「空き(あき)」も、わずかだけど、ある。そして、仙人のように、普段も伊勢の山裾から日本を興味津々に「観察」している人間だから、韓国特有の問題と信じこまれている問題でも、日本にその兆しがあったり、過去に経験した問題であることもお見通しである。

丹波哲郎サンは、「あの世に行くということは、山手線を降りて同じホームから同じ方向へ行く京浜東北線へ乗り換えるようなものなのだ」と言ったという。
丹波サンが「あの世に行くこと」に感じた「親しみ(そして若干の諦め)」と同じ気持ちを、私は、韓国との間に持っている。

過去のことは、本を読んだり、話を聞くしかできない。
未来も実は判らない。
しかし、今(そしてこの先10年くらい)は、併走する山手線と京浜東北線程度に、同じような社会であると、私は見なしている。
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テーマ:韓国 - ジャンル:海外情報

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