ほしあかりをさがせ
山登り・サイクリング・星見・石仏探し 本命は何なのか、出たとこ勝負で行ってみましょう
プロフィール

デルタ

Author:デルタ
四十才代、三重北勢在住の技術者です。ちょっとだけ営業マンもしてました。
ネット上では、磨崖仏の研究家としてごく一部の人から認知されてる(らしい)。磨崖仏・星見・歴史小説創作については、本館のHPを見て下され。

他の任務:東洋的リバアタリアニズムの確立。
       日本まんなか共和国 勝手に観光大使

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これではまるで免罪符
モノは全て商品になりうる、嫌らしい言い方だが真実だ。

昨日、名古屋の駅地下街が開催している音楽イベントに行ったところ、
サンプルバッグといって、新商品の試供品が主に詰められた福袋みたいなのをもらった。
その中に、ホワイトバンドが1個入っていたのだ。
「貧困を無くそう」と呼びかけるアイテムということで、去年の秋から売られているものだ。多くの人が、共同募金の「赤い羽根」みたいに寄付を前提にしたお金のやりとりだと勘違いし、物議を醸していた。
その残っているものを、袋に入れていたのだろう(わざわざ買っていて配ったならば、開催者が趣旨をアナウンスするでしょう、モノの質から言って)
詰めた側の心理を有り体にいえば「在庫品の整理」だったと察するけれど、こういうことをしたばっかりに、ホワイトバンドが単なる「商品」であることを浮き彫りにしてしまっていた。
寄付を伴うならば、その象徴である物品を小売店に置いてもらう際に、小売店側に買い上げを求めない(そんなことをすると、小売店が寄付したことになってしまう)。しかし、この場合には違った。卸の時点で小売店の買い上げになっており、帳簿上小売店の「在庫」になっていたのだろう。こういうバッグに無料で詰める、という決断ができるということは、小売店側に所有権が移っている何よりの証拠。
実際、販売者は、「余剰金は運動の普及に充てます」とある時以降明言していた。
しかし、それでは、まるで「免罪符」だ。
だから、ルターみたいに、ここにその害悪をあえて掲示する。
この中世的な中間利権を打破するには、やはり、貧困対策のために本当にお金を必要としている人たちと我々自身が結びつくしかない。理のない「中間マージン」を否定せねば、夜明けが来ない。
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テーマ:なんて事だ?? - ジャンル:政治・経済

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