ほしあかりをさがせ
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デルタ

Author:デルタ
四十才代、三重北勢在住の技術者です。ちょっとだけ営業マンもしてました。
ネット上では、磨崖仏の研究家としてごく一部の人から認知されてる(らしい)。磨崖仏・星見・歴史小説創作については、本館のHPを見て下され。

他の任務:東洋的リバアタリアニズムの確立。
       日本まんなか共和国 勝手に観光大使

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政府……その「不可能」なるもの
P.F.ドラッカーの著書が、何度目かのブームになっているという。
厳密には、「もしドラ」のブームなのかも知れないけれど、経営(マネジメント)より洗練させることにつながるだろうし、未来を明るくするブームだろう。
今回のドラッカーブームで、見落とされている部分がある。それは、社会どのように変化しようとしているかの観察、見通し(あえて「予言」というまい)を、彼が数々発表しているという事実だ。
その趣旨での一番最近の著作が、「Next Society」で、この前のドラッカーブームのきっかけになった本だ。


さて、週刊ダイアモンド(7/29号)に上田惇夫さんによるドラッカーの言葉を紹介するコーナー「三分間ドラッカー」で、政府を論じる文章が載っていた。
公的機関は、次の六つの罪のうち、2つを犯すと公的機関の効率が低下するというのだ。
その1。あいまいなスローガンを掲げる(例「健康増進」「老人福祉」等々)
その2。複数の事業を同時に行う(優先順位をつけない)
その3。肥満は美しいと考える(人的に規模が大きくなることを、正しいことと考えている、と言う意味。逆に、金で解決させられるならば、金を増額するほうがマシとも言っている)
その4。実験抜きに信念に基づき行動する
その5。経験に学ぼうとしない
その6。何物も廃棄しない(「公的機関は全て不滅の存在を前提にしている。馬鹿げた前提である」)

これは、1980年の論文での記述なのだが、今の日本政府にもよく当てはまっているのに、苦笑してしまう。が、そのあたりは、とりあえず現役のお役人に分析を任せるとしよう。
それよりも、私たちが考えなければならないのは、
そんなドラッカーは、公的とされる仕事をどのように行うことで、効率化できると考えているか?を具体的にイメージすることだ。

結局のところ、彼が「Next Society」以降で積極的に唱えるようになった「プロジェクト」の姿なのだろう。これは何も公的な仕事だけに限らず、知的労働が支配的になった今や、「法人」としての企業体は、目的ごとに細分化され、その人員は設立の都度集め直すことによって、効率の高い企業体を作るというものだ。このような流動的な組織によってプロジェクトが進められ、やがて目的達成とともに解散する
……そんな政府像を、彼が持っていたと考えるよりない。
ミソは「目的を達するごとに組織を解体する」というところにあるのだが、果たして政府が自らを解体できるのか、というかつて問われることがなかった問いへ直面する。そして、「国民」も国家の三大構成要因のうちの一つである政府が「永続的な組織でない」というこれまた未聞の社会に、身を置くことになる。
そんな「不安定な国」を、人々が受け入れることができるか、今のところ私は、否定的だ。

政府に課される重大な問題の一つ、貧困問題を取り上げても、「永続的な組織でない政府」の実現がどれほど難しいか、がわかるだろう。
貧困問題を取り上げた啓蒙書「現代の貧困」で著者の岩田正美さんが奇しくも書いている。……「貧困は発見され続ける」のだと。
貧困克服というスローガンのもと、目標物である貧困が次々に定義を変え社会の中で「発見」され続ける。そしてそれを克服するために組織が増強され、まだ克服できないと嘆きつつ仕事が永続していく。(皮肉な話だが、まだ克服できないのか無能者め、という政府への不信感も副産物に産みながら)

この姿はまさにドラッカーがいう
「何物も廃棄しない」政府であり、「(不滅の存在であるという)この前提が、公的機関をして成果を挙げなくしている」わけだ。
が、いっぽうで、社会問題は、確かに常に再定義され目標が自動更新されていくのも事実である。
更新され続ける目標を追いかけるために、永続する政府……真面目にやろうとすればするほど、ドラッカーの設定した六つの罪を犯していく、そう宿命づけられているといえるだろう。

上田さんは、そのコラムの結びでこうとどめを刺している
「公的機関は、成果を上げられなくなったとき、その存在意義を失う」
と。
では、政府とは、公的機関とは、どのように「生き残っていけばいいのか」。
不可能な命題なのではないだろうか。
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テーマ:国家論・憲法総論 - ジャンル:政治・経済

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