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私のリクエストにお答えいただき、たいへんありがとうございます。
司馬遼太郎とマレー・ロスバードがならんでいるというのがすごいですね。 司馬は保守か、リベラルか、どちらだったんでしょうか。 財界人に支持される作家ですから、けっこう自由主義の考え方をもっていたんではないでしょうか。
私は社会学や思想を読んできた人間ですから、歴史の「個別性」にはどうもついていけないのですね。 リーチや社会学者の「普遍性」のほうに価値をおきます。 たぶんに個別と普遍の興味に頭が向くタイプの違いみたいなものがあるんでしょう。
人間の頭によって設計された社会には限界があるといったのは、古くはバークやトクヴィルあたりからでしょうか。ルソーやマルクスは人間の頭の可能性を無邪気に信じられた人たちですよね。ハイエクなんかがその限界をはっきりと口に出した。知性のある人はどうも社会をその知性によって支配したがるみたいですよね。
次回はぜひリバタリアンのおすすめブックを紹介してほしいです。 ロスバードとかD・フリードマンとか、あまりにも高い本ばかりなので、いまのところ読もうかどうか迷っています。 よい道しるべを与えてくれるとたいへんありがたいのですが。
おおっお題が外れていましたね うえしんさん、ご来訪ありがとうございます。 あ、そうでした、そうでした、 お題は、お勧めのリバタリアン本でしたね(罰杯>自分) その2も、単なる遍歴の記になってしまいました。お許しを〜。
ロスバードの原文の多くは、ネット上でフリーコンテンツとして提供されていました(もうご存知かも?) 著作権にこだわるのは、言行不一致やぞ〜! とか抗議して、 値切ってみましょうか(笑)
【2006/04/21 00:03】
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