ほしあかりをさがせ
山登り・サイクリング・星見・石仏探し 本命は何なのか、出たとこ勝負で行ってみましょう
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デルタ

Author:デルタ
四十才代、三重北勢在住の技術者です。ちょっとだけ営業マンもしてました。
ネット上では、磨崖仏の研究家としてごく一部の人から認知されてる(らしい)。磨崖仏・星見・歴史小説創作については、本館のHPを見て下され。

他の任務:東洋的リバアタリアニズムの確立。
       日本まんなか共和国 勝手に観光大使

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こうして資本主義は終わっていくのか
経営陣による上場会社の株の買戻しが相次いでいるのを、東京証券取引所の社長が批判している、とのニュースが昨日流れた。

株主への説明責任回避が目的のMBO、投資家を愚弄=東証社長
ロイター 2月22日(火)16時26分配信

日本の会社‥‥とりわけ事業会社で内部留保ばかりが積み上げられていくことも含め、
今や、「資本」が事業会社には必要でなくなっているのだ。
もともと、資本主義が成立した理由として、出資してもらわなければ生産できない、という状態、言い換えれば、産業が巨大化するスピードに、社会の資本蓄積が追いつかないときに、債券よりも出資者がより優位になりうる条件でお金を集める必要があったからだ。
足りないお金を出せる、だからこそ、資産家の発言権が大きくなり、
事業会社を支配できる、と思われてきていた。
しかし、今は、そのお金を恐れない会社が増えてきている。

思えば、ここ10年くらいの電子部品業界での巨大工場建設あたりが、最後となって、
以降、「資本」が活躍する機会がどんどん減っている。
その一方で社会には、年金が主導する形で、資本があふれている。
それどころか、会社自体が資金を内部留保で抱き込んで、持っていき場をなくしている。

現在、一見したところでは、金融機関がレバレッジを利かせた資金力をもって、社会を翻弄しているように見える。
だが実態は、レバレッジをかけて資金を膨らませないと、資金で会社へモノを言えなくなっている、というべき現象なのだ。
資金があふれたゆえに、資本家が希薄になった産業社会。
外部資本の出番がなくなると、何も株式公開をしていく必要もない。
と、考えると、資本が強くなったゆえに、資本主義の経営手法を取る必然性が、なくなっているとわかる。

‥‥仏教用語でいうと、五蘊盛苦とでもいうのか。資本は「盛んであるがゆえの苦しんでいる」

世間で言われる意味合いとは、ずいぶん違うと思うが、
気づかれないうちに、資本主義は終わりつつあるようだ。
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テーマ:経営 - ジャンル:政治・経済

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