ほしあかりをさがせ
山登り・サイクリング・星見・石仏探し 本命は何なのか、出たとこ勝負で行ってみましょう
プロフィール

Author:デルタ
三十才代、三重県在住の光関係の技術者です。
ネット上では、磨崖仏の研究家としてごく一部の人から認知されてる(らしい)。磨崖仏・星見・歴史小説創作については、本館のHPを見て下され。

他の任務:東洋的リバアタリアニズムの確立。
       日本まんなか共和国 勝手に観光大使

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私がリバタリアニズムにたどり着くまで(その2)
〔中世への道〕
磨崖仏の研究をしている関係で、日本の中世社会にかなりの興味をもともと持っていた。なのに漠然としか知ることができない……、「どーしてくれよう」と思っていところへ勧めてもらったのは網野善彦サンの「無縁・公界・楽」だった。かなり大部の論考集で、内容をおおざっぱにしか理解できていない。泣きそうなくらい難しいけれど、身近な問題だった延暦寺門徒と日吉大社氏子との間の暗闘や、楽座−−広い意味での”経済の自由化”がどういう背景を持つかを理解できるようになった。
その2年後にある意味対になっているといっていい阿部謹也サンの「世間とは何か」も読んで、より補強されたといっていい。
だが、これらを現世の世情にうまく結びつけられるまで少し時間がかかった。1999年出版の田中明彦サンの「新しい中世」でやっと結像した。ちょっと雑な論じ方であるけど、政府を相対化する存在(多国籍企業、NPO)の力が強まるにつれ、社会の中世化が起こるというのは、頷ける話だった。この本ではせっかくこのユニークな切り口の論証が盛り上がってきたとたん、結局旧来の社会の発達段階論の焼き直しの議論を始めてしまい、正直興ざめになった。これだから、国際政治学の本は中途半端に感じるのだ!
中世と異なるのは、最近強くなってきている個人主義的な人間像だろうか。正直、中世の人々がどの程度自意識を持っていたかわからないので、ここでは保留しておくが、たとえ個人主義が社会統合に害を及ぼすにしても、中世的な共同体意識を作るのにまでは邪魔しない。川井健男サンの「ドラッガー『ネクストソサエティー』を読む」に描かれている、”知”を介在にした伸縮自在な人の結びつきの発生、株式を通した
企業(文字通りの「企て」)の公共化、それらは中世的な「絶対者がいない複線型の社会」となんとも親和性がいいと、僕には見えた。まさに”自ずから由あり”な自由からの秩序といえないだろうか。(ところで、この本に解説されている内容は、本当のドラッガーの著書『ネクストソサエティー』と力点がずれている。社会論としてみると、川井さんの本の方が具体的であると思う)
一方で、中世的社会を礼賛できないことを私は知っている。9・11テロがきっかけになり、Urvashi Butaliaさんの「The Otherside Of Silence」(邦題「沈黙の向こう側」)をかなり真剣に読んだ。私の兄など、「ある緊張した環境下で、宗教対立が煽られるのなんて当たり前やン」、と私がこの本を四苦八苦しながら読んでいるのを笑ったけれど、インタビュー集で生の声を読むと、宗教が生む桎梏が胸に迫る。印パ分離(the Partitionと本文中にある)の際のヒンズーとムスリムの抗争の体験談話を、自分では無宗教だと思っていたフェミニズム運動家の著者がインタビューしていく。その過程で、「そうか、自分はシークの血を引いていて、この人たちのどちらをも真には理解できていないのだ」と意識し始める(そうして長い自問自答を始める)あたりは、まさに大衆化される寸前の宗教の威力を見る気がする。
もっとも、世に言う原理主義は近代の産物である。印パ分離の時のように、突如「彼等」「我等」「聖」「悪」を過剰に意識してしまう状態とは、やはり何かがちがう。そこに回帰するべき「原理」が意識されていないから……。このあたりは、小山忠サンの著書「原理主義とは何か」が参考になった。
とはいえ日本神道での「原理なき原理主義」の暴走と、ヒンズー原理主義の勃興がほぼ同じ時代に同じような社会環境で起きているのも教えられた。

〔アメリカ・オーストラリアの社会と、日本の「ユニバーサルデザイン」憲法〕
ITバブルの項に村井純サンの「インターネット」を読み、アメリカのヒッピー文化とインターネット文化との精神的結びつきを知って以来、改めてUSAの社会のありようを、ステレオタイプでなく知りたいと考えた。読んだ本は数少ないけれど、モハメドアリの伝記(著者を忘れてしまいました)、猿谷要サンの「アメリカ社会の歴史」などを読み、日本の現行憲法が「孤独な存在でない」ことを知っていった。「スパッとわかる憲法読本―もし日本国憲法がなくなったら」で矢原秀人サンが喝破した言葉、「憲法の本質は、13条にあり」の意味合いは、まさにアメリカでの個人主義と自由を求めた政治闘争と表裏一体なのだ。他国民が原案を作ってくれたからこそ出てくる思想的な深みと簡明さ……、「ユニバーサルデザイン」とこの憲法を呼び始め、リバタリアンにしては珍しく現憲法を支持するようになったのは、この経験のおかげだ。
いっぽう、ヒッピー文化に象徴される明るさが途絶えたとき、新たな別天地をオーストラリアに求めた人がいる。白豪主義の放棄も引力になって、杉本良夫サンはピッツバーグ大からメルボルン(ラトローブ大)へ移っている。その体験から、これまた過激な題名のエッセイ集を出している「日本人をやめられますか」多民族社会を大前提とした、多様性を社会制度化している様子が興味深い。もっとも、そこまで「設計」して機能するのか、には常に疑いを感じるのだけど……。

〔ITバブルを教えて〕
ITバブルに話を戻す。
私は大学院修士課程を出てから11年('94〜'05年)、日本最大級のIT機器のメーカで働いてきた。だから、ITバブルのときの”引き合い”のすさまじさも知っているし、直後起こった干ばつのような需給悪化も目の前で見ている。事業の難しさを平サラリーマンなりに実感したけれど、それ以上に苛立ちがあった。
「なんだったんだあれは?正体を教えてくれ」
ヒントらしいことは、澤上篤人サンの一連の長期投資本にも書かれていた。経済政策の無策ぶり……というか「合成の誤謬」の意味合いをだんだん知るようになっていった。そんな私にとって、経済政策は限りなく不可能に近いのだと確信を与えてくれたのは、市来治海サンの「諦観的日本経済論のすすめ」。「日本経済の困難をありのままに受け入れよう。無理に対処しなければ、自然と定常的な社会へ落ち着くのだ」……2003年時点でこんなことを言った市来サンの勇気が凄いけれど、郵貯・簡保の新規受け入れをしなければ自然と円安(「良いクラッシュ」)へ誘導されるではないか、とコロンブスの卵な指摘するをするのもすごい。
「おぉ、老荘的」(爆)

〔そして問う「自由はどこまで可能か」〕
ここまで来ると、政府の力を過信しなくなる、そして政府を「社会を指導しなければならない」という重荷から解放してあげることで、逆に公共サービスに専心できるでないの、とも考え、一種のリバタリアニズムに行き着いていたといってもよい。
森村進サンの「自由はどこまで可能か」が包括的で、すんなり頭へ入る簡便さが魅力だ。D.ボアツさんの「Libertarianism A Primer」は、むしろUSA社会の実情を知るのにも面白いけれど、かなりの強硬派的で小気味よい。
(断っておくけれど、だからといって彼等に全面的に賛成ではない。ボアツさんの硬直した家族観などは、自由主義の名が泣くと思う)
英語のしんどさは、確かに重荷だ。けれど、異国人の本はやはり面白い。
最近では「政府の敵」と自称したマレー・ロスバードさんの「For A New Liberty」をネット上でdown loadして読んでいる。フリーコンテンツなのが、ありがたいんだよな〜!!。

テーマ:雑記 - ジャンル:政治・経済

この記事に対するコメント
中世とITバブルですか。
うえしんです。

私のリバタリアンの興味の道筋とだいぶ違っていますので、私はなんともコメントできないです(汗。。)。中世、ドラッカー、ITバブルとつながってきたのですね。う〜ん、すいません、私にはなんともいえません。。

私のリバタリアンの興味は、会社人間や企業への滅私奉公がうまれた背景を探っているうちに、これは経済統制や福祉国家からうみだされたのではないかという疑いから、市場主義がより自由な人間をうみだすのではないかと思っているわけです。

自由主義の本としては、フリードマンの『選択の自由』になるほどなと思いましたし、ハイエクの『隷従への道』にも保障が隷従をもたらすといった箇所にえらく感銘しました。そういう興味から私はリバタリアンに学びたいと思ったわけです。

ロスバードを英語で読むなんてすごいですよね。私は翻訳しか読めません(涙)。ロスバードとノージックくらい、高い本ですが、読んでみようかなと思います。

ありがとうございました。
【2006/04/24 21:00】 URL | うえしん #- [ 編集]


うえしんさん、こんにちは。
わたしの場合、ITバブル崩壊の余波で、人生が変わりましたから……(しみじみ)。
そういうことでもなければ、「社会」について実態を知りたいと、ここまで強く思わなかったと思います。バリバリの理系ですので……。

会社人間や労働の観点からというのも、サラリーマンのわたしには興味深いです。いっぺん目の前で「営業譲渡」が起きてますので(笑)、非常に気になるところです。
今後ともよろしくお願いします〜。
【2006/04/25 20:03】 URL | デルタ #JnoDGgPo [ 編集]


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