ほしあかりをさがせ
山登り・サイクリング・星見・石仏探し 本命は何なのか、出たとこ勝負で行ってみましょう
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デルタ

Author:デルタ
四十才代、三重北勢在住の技術者です。ちょっとだけ営業マンもしてました。
ネット上では、磨崖仏の研究家としてごく一部の人から認知されてる(らしい)。磨崖仏・星見・歴史小説創作については、本館のHPを見て下され。

他の任務:東洋的リバアタリアニズムの確立。
       日本まんなか共和国 勝手に観光大使

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続・金は天下のまわり物でしかない
東電の賠償責任に関する、お金の確保のついての話をもう一回続ける。
「ステークホルダー」(笑)に責任を取らせる、といって、債権放棄と減資が言われている。

債権放棄に関しては、社債と借り入れ金と補償債務(補償金も債務と言う意味では同じ!)との優先度を、話し合う必要がある。
本来ならば、このような債権の整理には、会社を破綻……いったん活動を閉じて財産整理をする必要がある、と法律上はなっている。

けれど、今回の場合のように、事業を存続させる必然性があるばあいに備えて、
弁済義務の優先度を、慣習法的に定めていく努力も必要でないだろうか
(法律で定める、とはあえて書かない。政府が判断に関与するのはありえても、制度として根付かないかぎり、こういう新しい規則は、空文になってしまう)

さて、金は天下のまわりものでしかない、と先週に続きつぶやきたくなる理由は、
減資の問題だ。
結論からいう。
減資したからといって、金が沸いて出るわけでは、決して無い。
減資は会社の資産を処分した結果として、帳簿を整理するために行う、作業に過ぎない。
もし、株主に責任を求めるならば、本質は、資産を売却・償却して、それを補償金に充てることが相当する。

もっとも、今回のばあい、株を売買する人たちも、債務超過になる(実質資産を補償債務が上回る)と予測しだしているから、自然と、株価0へと収束して行きそうな勢いで、
何も新たに、株主責任を求めるまでもなさそうである。

もっとも、
資本主義のある意味における本質的特徴である、
出資者には、有限責任しか負わせないという原則が、
社会正義に反する、とまで、世論が盛り上がったら、別だけど。
それは、「株式会社」という制度を崩すことと、等価である。
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